ナカムラさんの起床

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例の円筒が向きを変え、ワゴンの方へと進んで行った。滑らかに床の上を移動する。底部に、回転する車輪が付いているのだ。 この円筒の機械は、「オルタ」と呼ばれるロボットだ。 この超高齢化社会では、労働力を補うため重宝され、広く普及している。 遠く離れた場所から、遠隔操作で様々な作業を行える。人間の代用品であるため、Alternative(オルタナティブ)にちなみ、「オルタ」という名が付いた。 オルタは、その両腕を使い、キッチンワゴンから、ナカムラさんの朝食をテーブルの上に移す作業を黙々と続けている。画面の向こうの職員が操作しているのだが、手馴れたものだ。 ナカムラさんは、オルタが作業する様子を眺めながら、昔の携帯電話会社が販売していた、ペッパーくんというロボットを思い出していた。ナカムラさんが若い頃の話だ。 ペッパーくんは、顔ではなく胸にモニター画面が付いていたが、おおよその形はオルタに似ていた。ペッパーくんも、オルタのような作業ができたのだろうか? 「ナカムラさん、準備できましたよ」 オルタが椅子を引いて、待っている。着席を勧めているのだ。 ナカムラさんは、ゆっくりとベッドから立ち上がり、椅子に腰かける。 「はいはい、ありがとうさん」 「他に何か、ご用件はありますか?」 「いえ、今のところは、大丈夫です」 「分かりました。では、また何かありましたら、呼んでください。失礼します」 オルタは部屋の隅の所定位置に戻ると、再びモニター画面が暗くなり、そのまま沈黙した。 あの職員は、他の部屋のオルタの回線を開き、同じような仕事をするのだろう。 自走キッチンワゴンも、静かに部屋から出て行った。 テーブルの上には、湯気を立てる朝食が残った。 卵焼き、焼き魚、お浸し、漬物、海苔、梅干し、佃煮、それにご飯と味噌汁。 「テレビをつけて」 パソコンに向かって呼びかけると、その画面から朝のテレビ番組が流れてきた。 それから、ナカムラさんは、のんびりと食事を始めた。
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