溶けるまで待てない

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ああ、寝坊した。髪ボサボサだけど時間がないっ。とりあえず後ろで1つに結んで家を飛び出る。自転車をぶっ飛ばして保育園に着く。よしっ、今から私はともこ先生だ。キレない泣かない手を出さない。頑張るぞ。 ピロリン ん?メール?誰からだろ。 『ともこ、今日、記念日だから晩御飯でも食べに行かない? 保育園まで車で迎えに行くから。会うの2ヶ月ぶりだから行けたら嬉しい。どうかな?』 ああ、そうだ。今日は記念日だった。彼からの紳士的なメールも朝の忙しい時間に見たら腹が立つ。 『ごめん、忙しいから。終わるの何時になるかわかんないし。』 半ギレで返信をする。私だって会いたいのに…涙が湧き出てくる。力任せに携帯をカバンに入れる。 ああ、いけない。キレない泣かない手を出さない、だった。 1日はあっという間に過ぎた。 あとは延長保育だけ。これさえ終わればあとは自分の仕事を終わらせれば帰れる。つまり、自分との勝負というわけだ。 延長保育はみんなにオレンジジュースを入れてあげるところから始まった。 クラスで1番ませているゆうたくんは早々に飲み終わって氷を睨んでいた。 氷が溶けきるまでお母さんのお迎えを待つらしい。氷が溶けちゃっても怒らないくせに。ふふっと笑いが溢れた。目ざとく見つけた数人の子達が「ともこせんせーわらったあ」とケラケラ笑っていた。 まさかとは思っていたが最後までお迎えが来なかったのはゆうたくんだった。 待っている間に寝てしまったゆうたくんにブランケットをかけた。夕日でオレンジに染まった教室を見ながら考える。もし、わたしが「ともこ先生」じゃなかったら今頃デートに行けていたのだろうか。そう思うとなんだかよくわからない感情が込み上げてくる。 ゆうたくんはその後氷が溶けきる前にお母さんが慌ててお迎えにきて手を繋いで帰って行った。さようなら、と言うゆうたくんの笑顔は世界で一番幸せそうだった。
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