アリスと詩音(過去編)

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「今日は楽しかったね」 同じベンチに腰掛けた詩音のほうを見ずに、前を向いたまま呟いた。 詩音も前を向いたまま、「ああ」と返してくれる。 私はあれからずっと前を向いたままだ。 だって、今このシチュエーションで詩音の顔を見つめた瞬間、“ゴーサイン”と思われてしまうかもしれない。 まだ心の準備ができてない。 詩音が私のほうを向かないのも、そんな私を気遣ってくれてるんだと思う。 お互いに視線を逸らしたまま、ぽつりぽつりと会話。 結局、いつ目を閉じていいのか分からないまま、時間だけが過ぎていく。 私はこの後どうしたらいいんだろう。 このまま何もしないで帰っちゃうことになるのかな。 そんな焦燥感が湧き出し始めた頃、隣に座る詩音が不意に私の肩を抱き寄せた。 えっ?なになに? ああそうか。 きっかけを作ってくれたのか。 私はそのまま頭を詩音の肩に預ける。 私の肩に置かれた詩音の指が、優しく一定のリズムで私の肩をタップしている。 まるでメトロノームみたい。 私はそのタップに合わせて、心の中で密かにカウントダウンを始めた。 ゼロになったら行動開始。 3、2、1… カウントがゼロになった瞬間、私はゆっくりと体を動かし、詩音と向かい合う。 そして、詩音の目を見つめながら顎を上げ、ゆっくりと目を閉じた…。 啄むようなキスから、大人のキス。 私のファーストキスは、それまで詩音が嘗めていたヨーグルト味のキャンディの味がした。
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