プロローグ

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「ただいまぁ」 日曜日の午後に設定された“お父さん”との面会を終えて、夕方6時すぎに家に帰ると、ちょうどおとーさんが玄関に立っていた。 単身赴任先の会社の社宅に向かうらしく、冷凍した食材の入った保冷バッグと着替えとかの入ったバッグを肩から下げている。 「お、あーちゃんおかえり」 「おとーさん、これから向こうに行くとこ?」 「ああ。ゆっくりしてたら、遅くなっちまった。あーちゃん、ママと悠斗のことを頼むな?」 「うんわかった。いってらっしゃい」 “ちょうど出かけるとこ”と装ってるけど、多分おとーさんは、私の帰ってくるのを、ずっと待ってたんだと思う。 門扉を開ける音が聞こえたので、リビングから廊下に出てきたようなタイミングだったし。 本来なら、もっと早く単身赴任先に向かってるはずなのに、この時間まで家にいるなんて珍しい。 なんだかんだで心配してくれてるんだ。 おとーさんを見送った私がそのままリビングに向かうと、弟の悠斗はソファに座って、大人しく日曜夕方の国民的アニメを見ていた。 ママはキッチンで何やら油物と格闘しているらしく、油の跳ねる音が聞こえる。 「あー、おかえり。そこでパパと会った?」 「うん。ちょうど玄関で」 ママは、おとーさんのことを、悠斗がそう呼ぶのに合わせて“パパ”と呼ぶ。 私は“おとーさん”と呼んでるけど、それが“お父さん”と音(おん)にしたら一緒なのが嫌らしくて、私にも“パパ”と呼ばせたいらしい。 自分は、昔おとーさんのことを“かちょーさん”って呼んでたくせに。 「パパ、タイミング悪く出発するんだから。ちょうど海老フライ揚げ始めてたから、パパのお見送りできなかったよ。 あ、そうだ。 あーちゃん、海老フライ大好きでしょ?」 「あ、うん。ありがとう」 私は少しオーバーに喜んでみせた。 大抵、“お父さん”に会って帰ってきた直後は、ママはテンション高くて、優しい。 そして、大抵いつも私の好物を作ってくれている。 その意味は分かっているつもりだけど、逆にこっちも少しそれが負担に思うこともある。 自然にしてくれてる方が、こっちも気が楽。 私は、どこにも行かないのに。
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