バレンタイン・ラプソディー

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バレンタイン・ラプソディー

 松越百貨店の専用駐車場にジャガーを預け、正面入口に向かうと、既に20人程度が並んでいた。1人1箱購入するのであれば、俺にも回ってくる可能性があろうが――キャサリンが寄越した資料(チラシ)によると『お1人様2箱まで』とある。一抹の不安を抱きつつも、地味な黒いスーツ姿の若い男性の後ろに並ぶ。  男性警備員が近づいてきて、俺に購入店舗名を訊いてきた。 「ジャン=ピエール・バルジャン……です」 「ありがとうございます。こちら、整理券になります。開店しましたら、1階特設売場で番号順にご購入いただきますので、無くさないようお願いします」 「はあ……どうも」  受け取ったピンクの紙には『JPV35』とある。 「それから、この番号ですので、売り切れの場合もあり得ます。その際は、申し訳ありませんが、ご了承ください」  警備員は慣れた口調で、事務的に釘を刺して、列の先頭へ戻ろうとする。 「あの、すみません」 「何か?」  呼び止めると、彼は怪訝な眼差しで振り返った。 「ここに並んでいる人数は20人程ですが……?」  人数と整理券の番号に矛盾がある。全員がバルジャン狙いだとしても、15番もズレるのは解せない。 「ああ。整理券を受け取ってから、行列を抜ける方も居られますから」 「それは――」 「あ、ちょっと失礼。お客様……」  会話を放り出して、警備員は、新しくやってきた中年女性の方に歩いて行ってしまった。 「あなた、こういうの初めてですか?」  不意に目の前の黒スーツの男が、身体を半分捻って俺を見た。細身だが、服の下に筋肉の気配がある。20代前半くらい――格闘技の心得がありそうな、隙のない雰囲気だ。 「ええ」 「『JPV』は一番人気ですからねぇ。一桁をゲットするなら、6時でも厳しいですよ?」  気さくな話ぶりだが、言葉の端々に『素人』を見下すようなニュアンスが伝わる。 「6時ですか?」 「ほら、僕は7時前に着いたんですけど」  言いながら彼が見せてきた整理券には『JPV15』とあった。  1人2箱、皆が最大個数購入すると仮定しても、確実に購入出来る「確定番号」だ。
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