バレンタイン・ラプソディー

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「運が良ければいいですねぇ」  彼は、切れ長の瞳を細め、勝者の余裕を漂わせた作り笑いを浮かべた。  それは『35番』では購入が難しいことを見通しているかのような憐憫を含み――悔しいことに、その予見は的中した。  開店時間の5分前になると、どこからともなく若い男女が10人近く集まってきた。彼らは、俺の前の男と軽く挨拶を交わして、行列の先頭に加わった。彼らこそ、朝6時前に並んで若い整理券番号をゲットしていた、強者集団だったのだ。  結局――。  整理券が20番まで進んだところで、本日の販売個数は上限に達した。俺の順番待ちは、徒労に終わった。 ー*ー*ー*ー  これは、覚悟が必要だ。明日――最終日にミッションを完遂するためには、松越百貨店の正面玄関に6時前に到着することが最低条件だ。  早起きは、苦ではない。残念なのは、優華との時間が削られることだ。 「あ、譲治さん。お疲れ様です!」  深夜1時半。優華の店が入るビルのエントランスに着くと、警備員の黒服・瑛太(えいた)が90度に腰を折って挨拶してきた。 「おう。悪いが、待たせてもらうぞ」 「はい、ごゆっくり……」  言い掛けた彼の言葉尻が消える。視線の先は――。 「……これか?」 「あっ、すみません」  不躾を詫びたのだろう。思わず苦笑いが漏れる。確かに、俺らしかねぇ手土産だ。 「いや、構わん。ちょっと……先に埋め合わせが必要でな」  紙袋から覗く赤い花束は、2時間弱しか過ごせないことへの詫びである。  キャサリンからの依頼(ミッション)と言えば、優華は聞き分けてくれるだろう。けれども、俺の気が済まない。 「そうだ、お前甘いモン好きだよな」  瑛太は甘党だ。今夜も警備室で待たせて貰うので、差し入れにコンビニスイーツを買って来た――流石にチョコレートではないが。 「はい!」  ニコッと嬉しそうな笑顔を見せてから、我に返って頭を掻いた。 「JPV……って知ってるか?」 「ジャン=ピエール・バルジャンですか?」  驚きも露に、俺をまじまじと見詰めつつ、サラリと正解を口にした。30年以上生きてきて、俺は今朝初めて聞いた名前なのだが。
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