バレンタイン・ラプソディー

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「有名なんだな」 「え? ええ! なんたって『ショコラティエ界の帝王』ですから!」  活き活きと答える彼は、水を得た魚だ。  チョコレートの味の違いなぞよく分からない俺には、『帝王』と言われたところで、どうもピンと来ず、苦笑いを返す。 「帝王か……そりゃ、入手困難な訳だ」 「そうですねぇ。優華さんでさえ、ご苦労されてましたから」 「――何?」 「あっ! わ、まさか……すみませんっ、譲治さん! 俺から聞いたって、言わないでくださいっ!」  ポロリと溢した一言を追及すると、瑛太は一瞬で凍りつき、大慌てで平伏しようとした。 「落ち着け、瑛太。改めて訊くが、優華は――JPVを買ったのか?」  腕を掴んで引き起こす。まだ真っ青な彼は、観念したように頷いた。 「毎年、お得意様に贈られるチョコレートをお決めになる時、俺に……ご相談されるんです。それで、今年はJPVを――」  瑛太の嗜好が、こんなところで優華の役に立っていたとは。奇妙なドミノが、パタパタと連鎖的に倒れ出した気がする。 「おい、コイツも、買っていたか?」  内ポケットに入れたままだったチラシを取り出して、目の前に広げる。彼は一瞥しただけで、大きく頷いた。 「あっ、はい、もちろんです……でも、これは確か、数量限定だから……」  失言を気に病んだ瑛太は、問われるがまま、なし崩しに情報をリークした。  警備室で優華からの連絡を待ちながら、彼女の店の客達が帰るのを、今夜ほど待ち遠しく感じたこともなかった。
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