ふさわしいお返し

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夏の終わりが近づき寂しくなった蝉の鳴き声が響く中、一歩が俺の半分しかない彼女に歩調を合わせ、手を繋いで歩き出すのだ。 ゆっくりと目を開ける。 鏡にはくたびれた風貌の男が映っていた。 無精ひげを生やした頬は痩せこけ、落ち窪んだ両眼には淀んだ昏い光を宿している。 変わり果ててこそいるが、それは間違いなく自分自身だった。 わずか一年の間にその十倍の時を過ごしたと見まがうほどの変貌に気づき、俺は驚きよりも、悲しみを覚えた。 こんな風では、彼女は俺のことがわからないかもしれない。 まずは身支度をしよう。 そして、それから、 「お返しをしよう」 もう一度、確かめるようにつぶやいた。 口にしてみると、その案はよりいっそう素敵なものに感じられた。 どうしてこんなに簡単なことを思いつかなかったのだろう。 一年間、殻に閉じこもって悩んでいたのが馬鹿らしい。 可笑しくなって乾いた笑いを零す。 ハッとして鏡を見た。 鏡の中の俺は、笑っていた。 耐えがたい悲しみと怒り、絶望に打ちひしがれていた昨日までの自分は、鏡の中から消えていた。 俺はようやく、解放されたのだ。 「お返しをしよう」 上機嫌につぶやいた。 お返しの方法は、何かの箍が外れたように次々と湧き上がってきた。     
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