0人が本棚に入れています
本棚に追加
涙がこぼれ続ける。怒涛の勢いで押し寄せる温かさと哀愁に、俺は慟哭した。
忘れていた。忘れてしまっていた。今はもうない、あの優しさに満ちた時間を。舛中美咲という少女と過ごした、あの日々を。
そして、どれほどの間そうしていたのだろうか。ぬれる袖口で適当に涙をぬぐい取った俺は、立ち上がって走った。
あの場所へ。美咲と過ごした、あの場所へ。
一歩一歩、進むたびに、視界が滲み、おもむろにそれをぬぐっては、また足を振り上げた。
町を歩く人々の目線は気にならなかった。とにかくあの場所へ行く一心で、俺は走った。
息が苦しくても、血反吐を吐きそうでも。
ふらふらになりつつも、何とかたどり着いたそこに、俺は足を踏み入れる。
青葉学童保育所。薄くなった看板は、それでもまだ、何とか機能を発揮していた。建物も、どこか寂しそうではあったものの、特に目立ったダメージもなく、きちんと体裁を保っていた。
ここは、俺と、あの少女が通っていた学童保育だった場所だ。小学生低学年のころまで、俺はここで両親が迎えに来るまで過ごしていた。たった二人だけしか子供がいなかった学童なだけあって、俺と少女は、兄妹のように過ごした。
砂ぼこりの積もったコンクリートの上を進み、壊れかけの木製の下駄箱に靴を入れて、外れたドアの隙間から俺は建物の中に入った。
なつかしさで胸がいっぱいになった。当時の面影はなかったものの、確かにそこは俺が過ごした空間で、そして、そこにひっそりとたたずむ少女に、俺はかける言葉がなかった。
いとおしい、抱きしめたい、そんな感情が体の中でくすぶっているのを感じる。どう言葉をかければいいのかと悩んでいると、その少女が振り向いて、驚いたという顔をした。
「そっか、思い出したんだね」
「……ああ」
少女の頬を、一滴の涙が伝う。俺と少女は、互いに目を向けあったまま立ち尽くした。
「よかった。ちゃんと治ったみたいで。でも、あれ、どうしてかな。こんなに、苦しいよ。ずっと、会いたかったのがようやく叶ったのに」
最初のコメントを投稿しよう!