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「……なあ、美咲。お前、俺に時間を与えたのか……?」
聞きたくなかった。でも聞かないといけない質問を、俺は奥歯をかみしめながらする。
「そうだよ。……私の命は、もう残ってない。それこそ、今この瞬間に消えてもおかしくないんだよ。でも、どうしても優くんに会いたくなっちゃって、必死に抑えてたんだよ。でも、もう……」
ゆっくりと、美咲の瞳から光が抜け落ちていく。体から力が抜けていくらしく、倒れそうになった美咲を、俺は慌ててそばに駆け寄って受け止めた。
「そうだ、優くん。……お誕生日おめでとう」
「……こんな時に何言ってるんだよ」
「ああ、私は幸せ者だなぁ。こうして、優くんの腕の中で最期を迎えられるなんて。……優くん、ありがとう。私、優くんのおかげで幸せだったよ……」
「……なあ、美咲。覚えてるか。お前が初めてこの学童に来た時のこと。あの時な、俺、お前のことをものすごい臆病なやつだと思ったんだよ。だけど、お前はすぐに慣れて、俺をいろんなところに引っ張って行ってくれたよな。人見知りだった俺は、お前のおかげで成長できたんだよ。なあ、俺は……お前のことが好きだったんだよ」
美咲の意識をつなぎとめようと、俺は必死に言葉を紡ぐ。美咲の白い手を強く握りしめながら、そう続ける。けれど、握り返してくる力はだんだん弱くなっていく。
「ばか。…………そんなこと、とっくに知って………………」
ふっと、美咲の腕から力が抜けた。俺の手を離れたそれは、力なくぶら下がった。
そこからのことは覚えていない。ただ、どうしようもなく泣き叫んだ。美咲が運ばれた後も、それは変わらなかった。胸にぽっかりと空いた穴は、どうしても塞がらなかった。
美咲の声を求めて、俺は何度も美咲の残した声を聞いた。その最後には、ちょっとした思い出話も入っていた。恥ずかしい思い出を、顔を真っ赤にしながらもじもじと話す美咲の姿が目に浮かんだ。
そしてそのたびに俺は涙を流した。
今でも、たまに聞いては、俺は美咲のことを思い出す。
彼女の声を聞き、そして彼女に与えられた命を最後まで費やして、俺は生きた。
運もなく、幸せもない人生だったけれど、きっと美咲に誇れるものだったと思う。
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