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美樹の声にビクリとしながら、私は彼女の視線の先を追った。
何と、たくみ先輩が生徒指導室の前で考え込むようにして立っているいるではないか。いや、あの人何しているんだ、本当。
「本当だ、ありがとう。行ってくる。」
私は美樹と花枝に別れを告げると、生徒指導室の前へ歩いていく。距離が近くなるにつれ、何故か後悔し始めてしまうのだ。
何で先輩に会いに来たんだっけ。あぁそうだ、チョコを渡しに来たんだっけ。
先輩の無愛想な顔がこちらに気づき、黒縁眼鏡の向こうの眠たそうな目が私を捕らえる。
ドクリ。
この人ってば、本当に無愛想。同じパートの後輩だっていうのに、目が合ってもニコリともしないんだから。威圧感が凄いというか…怖いって言われている理由、物凄くわかる。
けど。
…好きなんだよなぁ。
「…たくみ先輩。バレンタインなので。」
先輩の前に立ち、私は両手でチョコレートを差し出した。自分でも手が震えているのがよくわかる。手を震えさせながら渡すなんてみっともないなぁなどと思いつつ、私は先輩から目を逸らした。
「…受験前なので、市販のにしました。お腹壊したりしたらいけないので。…受験頑張ってください。」
頑張ってくださいって上から目線かな。失礼じゃぁなかったかな。受験勉強の合間にでも食べてもらえればいいんだけれどな…。
自分の言葉の端々にまで神経を使うようなそんな感覚だった。バレンタインデーとかそういうのではなく普通に渡したい、そう思った。
「ん、ありがと。」
先輩が私から受け取ったチョコレートを私は見つめる。あのチョコレートは母が選んで買ってきたものだった。正直渡すつもりなどなかったのだ。先輩の勉強の邪魔になると思ったからである。だが、私を気遣って母がいくつかのチョコレートを買ってきた。そして、先輩にあげたチョコレートは、その中で私が見た瞬間に私自身が欲しいと思ったものだったのである。
けれど、自分が貰うより他の人にあげよう。折角だもの。先輩にこれ、あげたい。
一番最初にあげたいと強く思ったのが先輩というだけだったのである。
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