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「…大切なことは目に見えない。」
ポツリと呟いた先輩の声に私は顔を上げて先輩を見た。私のあげたチョコレートの袋を覗いて、微かに笑っている。
「"星の王子さま"のチョコレートなんです、それ。」
「見りゃわかる。」
「私の…一番好きな本です。」
先輩は視線を上げて私の目をじっと見た。そして、ニヤリと口角を上げて笑う。
「おう、ありがとな。」
意地悪な人。ずるい人。そんな顔、反則でしょ。
自分の顔が赤くなっていないかとても不安だった。先輩の前から逃げ出したいと思ってしまう。
思えば、先輩はいつも意地悪だった。他の後輩には絶対にしない癖に。同じ楽器だからってそこまでしなくていいんじゃない?だなんて、思うくらいに。
先輩に部活で褒められた記憶だって一回しかない。けれど、その褒められた瞬間を鮮明に覚えているし、それから普段滅多に人のことを素直に褒めたりしない性格だと知っているから満足してしまうのだ。あの時の突然私の方をガバッと向いて、
「音、良い!」
と、片言で言った先輩の顔ったら…。ニヤけているのがバレないように反対側を向いて我慢した記憶は、昨日のことかのようによく思い出せる。
私のわがままにも付き合ってくれる。朝が弱い先輩は絶対に部活の朝練に自主的には来ない。だというのに分からないところを教えてほしいと頼むと、約束した時間に息を切らして部室に飛び込んでくる。そんなに必死になって来なくてもいいのに。
いつもどの後輩に対しても無愛想で笑いもしないし、何より先輩が仕切る練習は地獄のように怖いし厳しい。そんな人なのに、楽器を吹いている時がどんなことよりも楽しそうにしている彼の姿に心惹かれ、何気ない優しさに射抜かれたのである。
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