ユキの遊園地

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 その日から生徒たちに嘘つき呼ばわりをされ陰口をたたかれるようになった。    妄想教師などとネットの掲示板で書かれていることも何となく耳に入ってきた。  ただ僕のもう一つの自慢は我慢強さである。  ストレスから胃潰瘍になったことがある。しかし病院には行かなかった。  喀血するまで痛みを我慢し、普通に生活をしていたのだ。  病院に行ったときには僕の胃はとっくに限界を超えていると言われた。  最近は偏頭痛に悩まされることが多い。  それでもこの我慢強さのおかげで気にもとめずに仕事に打ち込めている。  たいして遣り甲斐も感じていないこの仕事になぜ心血を注ぐのか。  今年ももうすぐ合唱コンクールがあるからだ。  ユキのようなダイヤモンドの原石に出会わないとも限らない。  そう思うと、1時間足りとも気を抜いたり、休んだりするのが惜しいのだ。    毎朝、痛みを増す頭を抱えながら僕は仕事を続けた。  『・・・先生、顔色悪いんじゃない?』  ああ、これはまた夢の中だな。と、ユキの声が聞こえたときに思った。  僕はバスに揺られていた。  ユキの声は背後から聞こえたが、なぜか後ろを振り返ることができなかった。  先生、私の手紙、なくしたでしょ。  ユキが怒ったように言う。  違う!なくしてないよ!文字だけが消えちゃったんだよ。  と、僕は懸命に弁解する。  ふふふ。許してあげる―その代わり。  ユキが笑っている。表情は見えないが、背中でそれを感じた。  ―今度一緒に遊園地に行こうね。  と、ユキが言ったので、僕は思い切って振り返って言った。  今度じゃなくて、今すぐ行こう!と。  だが、そこには誰もおらず、バスの中だというのに、木枯らしが吹きぬけたような肌寒さが僕の全身を包み込むのだった。僕の後ろには誰もいなかった。    ・・・頭が痛い、頭が痛い…  合唱の指導中、僕はずっと叫び出したい気持ちだった。  午前中の授業が全て終わると、体中が汗でべとべとだった。  ピアノに手をつき、肩で息をする僕に  『先生、顔色悪いんじゃないの?』  と、声をかけてくれる生徒は一人もいなかった。  そうだ。ここは現実だ。  痛む頭でそう思った。
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