ユキの遊園地

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 最近よくユキと話すようになった。  もちろん自分の夢の中の話だ。  夢の中のユキはいつもうつむき加減で、その顔までは見せてくれなかった。  ときどき僕が覗き込むと、ふっと目の前から消えてしまう。  何度か同じ似た夢を見た後、僕は学習し、二度とユキの顔を見ようとはしなくなった。  顔を見ようとしなければ、僕はずっとユキの声を聞いていられるのだから。  合唱コンクールの当日に全国模試が重なった。  代わりの日を設ける余裕がないので合唱コンクールは中止にします。  と、校長が朝礼で当たり前のように言った。  生徒は、どうでもいいという感じで、その決定を聞いていた。  僕は拳を握りしめ、悔しさに堪えていた。  頭が痛い。悔しさからか情けなさからか怒りからか。  校長を見る目がどんどん充血していくのが分かった。  我慢だ、我慢だ。僕は自分に言い聞かせて目を強く閉じた。  と、その瞬間ふっと体が軽くなった。  どういうわけか、急に気持ちが切り替わったのだ。  確かに、ユキのいない合唱なんて聞いても仕方ない、と思った。  頭痛が嘘のように消えて脳内が妙にスッキリした。  そして・・・  今日は歩いて遊園地を目指している。  方向は間違っていないはずなのに、中々近づけないでいると、すぐ隣から声が聞こえた。  ―ユキだ。  先生、こっちよ。  彼女が僕の手をとった。  冷たい手だ。透き通るように白い。  いつもとは違う路地を曲がると、急に視界が開けた。  さっきまで遠くにあったはずの遊園地が、すぐ目の前にはっきりと見えた。  ユキは振り向くことなく、僕の手をひいて、先へ先へと進んでいく。    今日こそ間違えずに歩いているようだ。  いよいよ門が見えてきた。  ユキが手をひいてくれている。  先生、こっちこっち。  分かってる。僕もずっとその場所へ行きたかったんだよ。ユキ。  何度も夢に見た、この遊園地へ・・・
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