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そう言って彼女は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。さっきまでのは本当に嘘だったみたいに、彼女のその瞳からは優しさがにじみ出ていた。
夜も深くなり、二人の頭の上では星々がちらつき始めていた。
夏の冷たい夜風が吹いて、彼の白髪をさらさらと揺らす。それを青白い月光が淡く照らす。
やがて、彼の中の熱いなにかが抑えきれなくなって、彼は彼女に泣きついた。
自分を泣かせた人間に泣きつくなんて、自分でもどうかしてると思う。
でも彼女には、かつてその存在によって彼を苦しめてきた人たちには無い、ある暖かさを感じた。
情けなくて悲しくて、でもどうしようもなくて。彼は嗚咽をおさえるように彼女の身体に顔を押し付けた。
そんな彼を見て彼女は何を思ったのか、彼を受け入れて、慈しむように優しく抱き寄せた。
暖かな安心感が胸の中にじんわりとひろがっていくのを感じる。
「そうか。そうだったな。君も、ずっと一人で戦ってきたんだったな。」
細めた目に暖かい庇護欲を孕んで、彼のことをそっと見つめた。
背中をさすると、ぎゅっと強く抱き返してきた。
それからはただただ静かな時が流れた。夏の静寂が二人を包み込む。
あたりでは夏の虫が夜を奏で、梟が淋しげに泣いていた。
その後ろに隠れるように、彼の赤く腫れた寝息と、彼女の優しい吐息が聞こえる。
彼女は安らかに眠る彼の前髪を掻き分け、白い額に静かにキスした。
夏の夜は、未だ明けない。
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