ウヰスキー

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それから比呂志は、時間がある時には積極的に弥生に電話を掛けた。 季節はシトシトと雨が降る梅雨の時期に入っていた。 話せば話すほど比呂志は弥生に夢中になり、もう彼の話しを全くしなくても、会話が続くようになっていた。と言うより、不思議と弥生が彼の話を全くしなくなっていた。 どうせなら弥生と直接会ってもっと話をしたかったが、どうしても誘う勇気がなく、今は弥生との繋がりを大事にしていた。 でも、比呂志にとっての幸せな時を揺るがす日がやってきた。弥生の恋人の命日の日、6月18日がやってきたのだ。 この日比呂志は、利益相反行為の売買の登記に関わる、取締役総会議事録の作成の為に、弥生の会社の法務部に打ち合わせに来ていた。18日だったのでやはり取締役は黒のネクタイ。しかも、今日は三回忌でもあり、社内全体が静粛だった。そして朝から降る雨が余計に悲しみを増幅させていた。 「もう遠山くんの三回忌か」 法務部長がポツリと漏らした。 「遠山くんは、先生に交通事故の処理をやってもらっている、秘書の中林さんの恋人だったんだよね」 比呂志は知っていたので、あえてなにも返事はしなかった。 「あの事故がある前は、彼女はとても天真爛漫な性格だったのに、今は彼女の笑顔が少なくなって本当に寂しいよ」 法務部長が言いたいことは分かる。比呂志だって彼女の心からの笑顔が見たいのだから。
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