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マスターは微笑んだ。
「なぜ小児科医になりたいんです?」
流石にそれは言えないと口を噤んだ。
「好きな相手が小児科医を目指しているとか?」
マスターの言葉に顕人は焦った。
「なんでわかるの?」
顕人がつい本音を漏らすと、マスターは妖しい笑みで笑った。
「顕人くん、こう言ってはなんですが、女性経験少ないでしょ。一途になりやすいタイプだと思いました」
図星を突かれて顕人は反論できない。流石に目の肥えたマスターは騙せない。
「彼女とは友達。でも俺的に友達以上恋人未満の感情がある。彼女は正直裕福な家庭から医学部に入ってきた訳じゃないんです。一生懸命勉強して首席で入って、学校から大学独自の奨学金を貰ってるんです」
顕人の通う大学の医学部は、私学の中でもトップレベルだった。その割に学費は他の大学の医学部よりは安い。が、安いと言っても医学部である。卒業するまでに数千万はかかる。
「彼女は小児科医を目指していて、将来は海外の貧しい子供達を助けたいと言ってる。だから今は必死に勉強して、大学の医局に入って経験を積んで、最終的に小児外科医になりたいみたい。俺と違って彼女はしっかりしてる。でも俺も彼女と同じ方向を向きたいんです」
顕人が話を終えると、マスターはホワイトラムの瓶を持って顕人に見せた。
「キューバって医療費がただってご存知ですか?乳幼児の死亡率も先進国の米国よりも低い。想像つかないでしょ。キューバと言ったら読書好きの顕人くんならヘミングウェイぐらいしかパッと浮かばないかもしれないけど、医療はとても素晴らしいんです。彼女も将来、腕を磨いて世界の発展途上国の医療をより良いものにしたいと思っているのでは?だから1番弱者の子供の命を救いたいんじゃないですか?顕人くんは、もっと自分のビジョンを持たないと彼女に振り向いてもらえませんよ」
優しげな瞳で語るマスターの言葉に顕人はなにも言い返せなかった。
自分は親の金で大学に通い、彼女と同じ場所に居たいからと言うだけで、将来の選択を決めようとしていた。甘い人間なんだと思い知らされた気がした。
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