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「私は彼を失って、もう何も要らないんです。こうして毎日ただ普通に時が過ぎていけば。私を大事にしてくれた社長のために働くのみです」
弥生の言葉に比呂志は首を振った。
「辛い気持ちは全部分からないよ。でも僕も、僕を可愛がってくれた祖父が亡くなった時、本当に辛くて悲しかった。中林さんの亡くなった彼と一緒にはできないけど、それでも……」
比呂志は言葉を止めた。
今俺に彼女の何が分かるのかと思い知らされたからだ。彼女は自分と違って、本気で愛した人を亡くしたのだから。
「………すみません。分かりもしないのに、知った風に」
比呂志が謝ると弥生は笑った。
「先生みたいな人、初めてです。大抵、みんな同情して慰めてはくれます。分かってるんです。そうやって心配してくれてるって。でも所詮他人事でしょって思う、嫌な自分がいる。でも先生は違った。先生からは同情とは別のものを感じました。何かは分からないけど。ありがとうございます」
弥生は頭を下げ立ち去ろうとした。比呂志は慌てて声を掛けた。
「もし誰かに話したくなったら僕に電話してください!じゃない!僕に電話させて下さい!あなたと彼の話、聞かせてください!僕は何もできないけど、あなたが彼を一人で抱えるのは良くないと思う。嫌なら僕の電話拒否してください」
弥生はびっくりして比呂志を見る。
「なぜ、そんなに私と彼のこと気にかけてくれるんですか?」
弥生の問いに比呂志は笑顔で答えた。
「本気で人を愛しているあなたが眩しいから。僕は、臆病で今まで本気で、あなたみたいに人を愛したことがない。だから僕なら客観的に話を聞いてあげられる。それで、あなたの気持ちが軽くなるなら、僕も嬉しい」
ふう、と比呂志は息を吐いた。法廷でも、こんなに頭に血がのぼったことなどないのに。
「分かりました。では、また聞いてください」
にっこり笑った彼女はそう言ってその場を立ち去った。
比呂志はその場に崩れそうになった。
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