第3話 ガムとコロブチカ

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第3話 ガムとコロブチカ

 やっぱりといおうか当然といおうか。布団の中に入っても寝付けず、少しうとうとしただけで朝が来てしまった。  午前六時半に由梨は自宅を出る。ほんのちょっと前まではこの時間にはまだ薄暗かったのに、今はすっきりと明るく青空が広がっている。季節は初夏に向かっている。  こんなに朗らかに晴れ渡った日に窓に目張りのされた建物に閉じこもって仕事をするってどうなんだろう。健康に悪いとしか言いようがない。自分で望んだ職場のくせに由梨は勝手なことを考える。  工場街へ続く道はまだ静かだ。信号の先にある大きな八重桜の樹が重そうに花の房を垂らしている。今年の春は転職もあって落ち着かなくて花見もできなかった。来年の今頃はどうしているだろうかと考えてしまう。  職場に着いて靴を履き替え廊下を歩くと、更衣室から同じ班の検査員の年下組ふたりが出てきた。 「おはよう」 「おはよう」  彼女たちは出勤してくるのが早い。開始時間まで休憩室でおしゃべりするのだ。いや、今日はもしかしたら……。思いつつ由梨は眉を寄せて更衣室に入る。  ゆっくり着替えてゆっくり階下のクリーンルームに向かう。七時五分前。夜勤のメンバーは集計パソコンで一日の業務内容のデータ出しをしていた。 「おはよう」  みな眠そうな顔だ。  由梨はチェックシートの準備をしてマスクを着けながら掲示板の生産予定表を確認する。朝勤では必ずロットの切り替えがある。他にも品種の切り替えがあったりすると面倒なのだが、今日はそれはないらしい。良かった。  外観検査係の事務スペースの傍らには、後工程の自動組み立て装置への入庫部分があって、透明なパネルの内部には製品のドラムロールをパレットに載せるロボットが佇んでいる。今は毎朝の点検のため稼働を止めているのだ。機械の内部で朝勤の男性社員ふたりが始業前だというのに点検作業を始めている。  この巨大な自動組み立て装置が動いていないと室内はとても静かだ。だから機械の向こう端の製品出口側でおしゃべりしている声が、ここまで聞こえてくる。内容までは聞き取れないが高い笑い声は響くのだ。稼働時にはロックがかかる機械部内部への引き戸は、今は開け放たれている。中で作業している社員さんにも派遣のメンバーがふざけているのが聞こえているだろう。
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