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プロローグ
海の上を通りぬけて風が流れてきた。たっぷりと潮をふくんでいる。膝を折り、平らな石をさわってみる。
「きゃぁっ」
横で足を滑らせた娘の腕をつかみ、身体を支えた。私を見上げた娘の目は海の光を浴びて輝いている。それとも真夏の沖縄の、強い太陽の光を反射しているのかもしれない。
「どうしてお母さん、楽しそうなの?」
「楽しそう?」
横に屈んだ娘の背中まである黒髪を梳く。細い髪。私とは違う。
「どうして笑っているの?」
「あのね、お母さんはこういう平たい石の上で滑って転んだの。今日みたいな暑い日で、それが始まりだった」
「お母さん、大丈夫だった? 痛くなかった?」
「もう何年も前の話だから」
「そっか。で、滑って何が始まったの?」
「今の千夏(ちなつ)に話してわかるかな。もっと大きくなってからのほうがいいかもしれない」
「わかるよ。今、知りたい。教えて。聞きたいことは本人に聞けばいいし、伝えたいことはきちんと話すんでしょう」
意思を感じさせる眉と目。目力はおばあ譲りかもしれない。血は繋がっていないけれど、おばあの影響力は侮れないから。
「お母さん、いつもそう言ってトいるのに」
「確かに言っているね」
海に視線をむけた。
「お母さん、今日の海の色はなんて色?」
「藤色。もっと薄いかな。勿忘草色かな。少し違う。海や空の色は一定じゃないから」
ワスレナグサ色、と千夏はつぶやいた。
「お母さんはね、アルバムを観たの。四人、ううん、五人と一緒に」
「アルバム?」
「写真に似ているけれど、写真よりも現実とつながっていて……心に響くの」
「よくわからない。詳しく話して」
千夏は石の上に座り、熱い、とすぐに腰を浮かせた。
「私も、ただの石がそこまで熱いと気づかなくて」
鞄からタオルを出して平らな石に敷き、海を正面に腰を下ろした。
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