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第一章 竹内 寛人
海だけを見る。写真と同じ、ううん、もっと青が深い海だ。中はどんな世界が広がっているのだろう。珊瑚があり、色とりどりの魚がいる? それとも砂や岩が多く、透明な魚だけが目に見えない早さで移動していく海? リーフの向こう側は青が濃い。あぁ、紺碧色だ。深く潜っている自分を想像する。太陽の光が淡くなり、音がなくなり、ただ水の流れに身体が揺らめく。
平らな石に腰を下ろそうとしたら、熱い、と声がでた。キャミソール一枚の薄い布地だけでは熱したフライパンのような石にはとても座れない。バッグからタオルを出して折り畳み、石にかけてから座った。大好きな沖縄の海が目の前にある。さあ、泣くぞ、泣くぞと気持ちを高めつつ、辺りを見渡す。誰もいない。海水浴シーズン真只中なのに。石や岩がごつごつしている浜だから? お洒落なカフェやレストランがないから? やっぱり陽射しのせいだろうか。心から暑い。顔は帽子に守られているけれど肌が出ている腕や膝から下はじりじりと焼けている。そう言えば沖縄では平日の昼間に外で遊ぶこどもはいないと聞いたことがあった。
いや、誰もいない方が泣きやすいはず。
手を組んで上半身を伸ばし、海風を身体に受けた。そうだ、今は夏休み中だから人がいないのはどう考えてもおかしい。それにしても夏休みという言葉の響きの良さ。冬休みや春休みとは違う、特別な長期休み。こどもの頃、あと何日で夏休みが始まるのかを毎日数えた。学期末のテストが終わり、クラスに漂う空気が浮かれ始める。美姫(みき)の家は毎年、夏休みはハワイへ行っていた。うちもどこか行きたい、遠くに旅行に行きたいと言ったら、一番混んでいて一番値段が高い時期に旅行はしませんと母は言った。早く大人になり、自分でお金を稼げるようになって好きなときに好きな場所へ行きたいと強く思った。
誰かに見られているような気がして振りむいたらバスがゆっくりと通り過ぎていった。客席に人影はない。
いやいや、バスを気にしている場合じゃない。もっと泣くことに集中しなければ。
バッグからスマートフォンを出しBESTという名のプレイリストを流して海を見つめた。
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