第一章  竹内 寛人

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 まぶたが重く目を開けられない。目と鼻の間、奥の方に黒い塊があるのを感じる。膜がかかったような声、独特なイントネーションの言葉。何人かが頭の上で話をしている。遠くで弦を弾く音もする。  額に手が当てられた。小さい手。手の温かみが額から両耳、肩へ下り、腹や腋、背中、足の先まで満ちていく。エネルギーが蓄えられる。自分の身体がほんわりと光っているようだ。  うみ、という単語を聞き取ることができた。  ひろと、ひろと。何度も繰り返されている。  誰かが、うーがん、と言った。  もしかして、うがんだ?   目を開けたいのに瞼が重くて持ち上げられない。  再び、暗闇の中へ戻っていく。     皺だらけの赤い顔が目の前にあった。知らないおじいだ。眼の奥の黒い塊はまだそこにある。けれど、今度は目を開けていられた。 「晴香はさぁ、頭打って倒れたんよぉ」  どうして赤い顔のおじいは私の名前がわかるのだろう。上半身を起こそうとしたらタオルが滑り、肩や胸が露わになりかけたところで慌ててタオルを引き上げた。服がない。下着さえも身に着けていない。  どうねぇ?  いちちょーん。  なんくるないさぁ  おじいの後ろから、他のおじい達が顔を覗かせる。動いたら胸などの大事な部分がタオルから出てしまう。顔しか動かせない。畳、引き戸の玄関、太い柱がむき出しになった天井、襖は全て開かれ、三部屋が続いている。庭との境目には窓はなく、長い縁側があるのが見えた。私、沖縄の古民家にいるんだ。 「いやいや、わかさんのまるばいはじょうとうさぁ」 「でえじ、いいむんなぁ」 「助けてもらったの?」  赤い顔のおじいがうなずく。おじいの手には三線があった。沖縄の濃い空気とよく合う、明るい音色を出す弦楽器。 「さっきの音は、三線の音だったんだ」  おじいが三線にふれた。緩やかな音が響きだす。 「服は……」 「そこにあるさぁ」  着ていた服は枕の横に畳まれて置いてあった。おじい達は部屋の真中に置かれている低い机に群がり、三線を奏で、歌い始めた。   外に出たらセミの声が耳に入ってきた。東京のより低く、おっとりと鳴いているような感じだ。赤い顔のおじい、尚史(しょうし)おじいの話だけはなんとか理解することができた。助けてくれたのは古民家に住むトミおばあで、おじい達はトミおばあに言われて手伝いに来たらしい。トミおばあは今は散歩というか見回りの時間で家にいない。
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