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近くて遠い
これが恋なのだと気がついた時には、もう、終わっていた。
「はる君、どうかした?」
ゆきさんが、包丁を握るほっそりとした手をとめるのと同時に、玉ねぎがサクサクと切れる軽快な音が鳴り止んだ。黒曜石にも劣らない瞳で、彼女は無邪気に僕を見上げている。
ゆきさんは、バカ兄貴の恋人だ。会社で知り合ったらしく、半年前ぐらいからあいつと付き合っているのだという。近頃、彼女が家に顔を出すようになってから、知ったことだ。男子大学生と社会人男性による色気のない二人暮らしに、突然、華が咲いた瞬間だった。
知り合ったきっかけから考えても、僕にとってのゆきさんは、あいつの恋人以外の何者でもない。
それなのに、少し前からこの大きな瞳にこうしてじっと見つめられると、なんだか胸が疼いて苦しくなる。
今、時を止めることができたら、この瞳がずっと僕だけを見ていてくれるのに……だなんて、浮かんできた馬鹿げた考えを振り払うように、彼女から目をそらした。
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