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その時、巨大な落雷音と同時に、手術室が暗闇に包まれた。
停電だ。
予備の自家発電に切り替わり、照明はすぐについた。しかし、心電図などのモニター機械と人工呼吸器は停止したままだった。
「くそ、中止だ」男は言った。
チャミーの肺に送られていた酸素の供給が止まり、すぐに手動による人工呼吸が必要だった。
男は、手術室の中に飛び込んできたレオンに言った。
「お前、手を貸せ。彼女を死なせたくなかったらな」
「何だよいきなり! 何があったんだよ!」
「彼女が呼吸できていない。このままでは数分で死ぬ。もう手術は進められないから、俺は開けた腹を縫う。だから、お前は彼女の呼吸になれ」
狼狽するレオンに、男は手に掴んでいる子宮を見せた。中には、胎児がまだ動いていた。それを見たレオンの様子が、次第に落ち着いてきた。
「この子はお前との子じゃないな。去勢済みのお前に生殖能力は無い」
ニンゲンの男の顔が、また笑いだした。とても楽しそうに。
「そういうことだ。この女は他の男と寝ていた。よくあることさ」
レオンの瞳が赤く充血していった。ゆっくりと瞼を閉じ、大粒の涙がマズルに沿って流れた。
男は続けた。「俺も経験あるよ。昔、一緒にいたモモってメス猫に、外で子供作られた時があって」男は、語気を徐々に強めた。「だから、避妊させてやったんだ」
ニンゲンの男の顔は、快楽に満ちていた。目には悪意の光がこもり、笑った口からは流延が滴った。この世界で、最も悍ましい獣の姿だった。
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