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一方、レオンは、溢れ出る思いを抑えきれないでいた。勢いよく瞳を開け、チャミーに駆け寄った。彼女に接続されていた気管チューブを抜き、大きく口を開け、彼女のマズルを包み込んだ。彼が送り込んだ空気が、彼女の肺に届く。二人の呼気と吸気が連動し合った。
レオンの行動は、男にとって、想像していたものとは違かった。その気になれば、旧式の従圧式ポンプで酸素を送りながら、一人でやれたのだ。彼女の裏切りと、逃げ出す彼氏を見て楽しむ男の算段は、完全に壊された。
嫌悪感しか他人に与えない顔のままで固まるニンゲンの男に、レオンは言った。
「あんたはどうせ誰かを好きになったことなんてないだろうな? いいから早く仕事しろよ!」
そのまま、男は何も言わず、手を動かした。憮然とした顔だったが、やらねばならない作業だった。腹膜、筋肉、皮下織と順に縫合していった。
やがて、チャミーの麻酔は解かれ、自発呼吸も戻っていった。
入院室。まだチャミーに意識は戻らないでいた。心電図の波形が、一定の間隔で彼女の鼓動を刻んでいた。
寄り添うレオンが、彼女の耳に囁いた。
「子供、ありがとな。欲しいって言ったの、本気に思っててくれたんだね」
そして、静かに眠るチャミーのマズルにそっと口づけをした。
心電図の波形が間隔を狭め始めた。目覚めは近かった。外の雨は、いつの間にか上がっていた。
(了)
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