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明日、高校を卒業する。
そして、私は、この街を離れる……。
毎朝、同じ時間、同じ車両に乗り、高校に通った年月と、さよならする。
それは、毎朝、同じ時間、同じ車両に乗り合わせた、彼とのさよならをも意味する……。
体育会系の彼。いつもクラブ活動の用具を持っていた。三年間、毎日見掛けて、気になって、でも、勇気がなくて話し掛けられず、とうとう、卒業式前日になってしまった。
「……このままで、いいの? ……何も伝えずに卒業してしまってもいいの? ……このまま、この街を離れてもいいの?」
私が私に問い掛ける。
「やっぱダメ! 伝えなきゃダメだよ、私! 彼に伝えないと、一生後悔すると思う! 勇気を出そう!」
私は心に決めた。
卒業式当日、いつもの車両で彼に会えた。運よく彼の右隣に座ることができた。
「あ、あの……」
「は、はい」
「毎日、この車両でお会い……、してましたよね」
「そう……、ですね」
「私……」
「はい」
「ずっと……、ずっと気になってました!」
「えっ!」
言っちゃった! 言ってしまった! もう、後には引けない! 自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる! でも、勇気を出して、伝えるんだって、決めたんだもん!
「三年間、ず~~~っと……、ず~~~~~~っと……、鼻毛、出てますよ! お爺さん!」
言っちゃった! とうとう、言っちゃった!
「あ~、コレね! ハッハッハ! 実は、あんたぐらいの年頃の孫娘にも、『散髪せぇッ!』言うて、よう~怒られとるんじゃよ、ハッハッハ!」
怒られとんなら、散髪せんかいッ!
「カッコよく言えば、鼻毛で風を感じるのが好きでの~……、なんつって! ハッハッハ!」
どこがカッコええんじゃいッ!
「毎日、ゲートボールクラブへ、終点の駅まで通うとるんじゃがの……」
「はい」
「せっかくじゃから、お嬢ちゃんに、ええこと教えといちゃろうかの~」
「はい~」
「わしゃ、スパゲッティが好きでの~……」
「は~」
「メンバーの婆さんたちから、『スパゲッティ好きのハナゲッティ』って呼ばれとるんじゃよ、ハッハッハ!」
もう~、スパゲッティでも、ハナゲッティでも、何でもええわいッ!
鼻毛出とるの気づいとらんのかと、心配したこっちが、アホみたいやないかいッ!
ハァ~、アホくさ!
でも、これで、スッキリ、思い残すことなく上京できる!
チ~ン ♪
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