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一羽の兎が、荒野にいた。辺りが青色に染まる夜の砂漠。凍えるような静けさの中、兎は、地平線から登る巨大な月を見詰めていた。
兎は何日も何日も、荒野を歩き続けていた。噂には聞いていたが、その過酷さが今では身に染みていた。歩けど歩けど地平線は終わらず、月との距離も一向に縮んでいく様子がない。引き返そうにも、もうどの方角から来たかも分からなくなっていた。途方に暮れるとは、こういう状態をいうのだろうか。兎はそう思うと、大きな石の上に腰を下ろした。このままこの荒野で死んでいく。こうなる可能性は十分覚悟していたが、いざ直面した時の恐ろしさは、兎の想像をはるかに超えていた。
「兎さん。あの月に行きたいのかい?」
恐怖と寒さに震える兎の足元で声がした。小さな蠍が語り掛けていた。
「俺の名はアセチル。どうなんだい? 月に行きたいの?」
兎は黙って頷いた。
「じゃあ月ばっかり見詰めてたんじゃ、到底無理だよ」
「あんた、行く道を知ってるのか?」
「俺は知らないけど、知ってる奴を知ってる。そいつに会わせてあげるよ」
「そいつはありがたい。もう終わりだと思ってたところなんだ。是非とも会わせてほしい」
「いいとも。ついてきな」
アセチルはそう言うと、月とは反対の方向へ進み出した。兎も腰を上げ、蠍の行く方へと歩いて行った。
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