三番町の魔女

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「1万5千円だからイチゴさん」そんな通り名を聞いたこともあるが、大体の人は彼女のことを『みどりちゃん』と呼んでいた。もうひとつ、違う呼び名を聞いたこともあるが、それは忘れてしまって、どうしても思い出せない。  イチゴさんにしたって、みどりちゃんにしたってみんな勝手にそう呼んでいるだけで、彼女がそう呼ばれて、ハイと答えるかというと、ずいぶん怪しい。  誰も彼女とちゃんとした会話を交わしたことなどなく、名前以外にも、彼女に関するすべての事柄が「どうやら、そうらしい」「誰々がこう言っていた」という都市伝説と同じ曖昧で、出所不明の噂話の域を出ないものだった。  彼女は一見すると老婆のようにも見えるが、よく見ればまだ存外に若い、40をいくらか過ぎた程度のようにも思える。もし、本人に30代だと言われれば、驚きはするだろうが、まあ信じるだろう。  いってみれば、年齢不詳、いくつにでも見えるのだが、その、年齢不詳具合が普通の人とは少し違う。普通の人の年齢不詳具合なんてものは、服装や髪型、肌の質感といった、望めば誰でも手に入れられるような表面的なもでしかないが、彼女のそれは、そんな付け焼刃的なものじゃなくて、もっとこう、根本的なもの、有名人でいうとミック・ジャガーや美和明宏に通じるような、誰かに「彼女は700年生きている」なんてくだらない冗談を言われ、しょうがなく適当な愛想笑いを返してあげた後、ふと、心のどこかで“もしかしたら、それぐらい生きててもおかしくないな”と思ってしまうような感じがあった。   
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