三番町の魔女

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 ひとつの季節に、ひとつかふたつしか服装にバリエーションが無く、冬場だけでなく、夏の暑い日にも、胸の前で腕を組み、寒そうに肩をすくめて歩く。平均よりも背が高いせいで、人波の中でも、姿勢が悪く、不恰好な彼女の歩き方は目についた。  とある地方都市の繁華街にある、ボクが働いていた立ち飲み屋は、1階で大きな通りに面している。窓は大きくガラス張りで、店の中が街灯やネオンに照らされた表の通りよりも暗いせいで、とにかく外がよく見えた。ボクは店の中から嫌でも毎日、客を捕まえようと一晩中街をうろつく彼女の姿を見ていた。  ほかの客引き――キャバクラやホストクラブ、モグリの売春屋、夜の街角に立つ雑多な面子の誰よりも、彼女は早く街に現れ、そして誰よりも遅く、時に東の空が、完全に明るくなるまで、彼女は到底、その風貌では捕まえられるとは思えない、客を探して徘徊していた。  まだ、ボクが夜働く前、映画館なんていう健全な場所で、これまた健全な学生連中に混ざり働いていたころ、信号待ちをしているときに彼女に声を掛けられたことがある。 「こんばんは」  滑舌が悪く、見た目どおり醜い声。そして、それを恥じているかのような小さな声だった。  ボクが彼女を見たのは、そのときが初めてだったが、温泉街で育ち、実際の人生経験に反して、やたらそういうことには擦れていたボクは、彼女がどういった人かすぐに分かった。  彼女は道に迷っているわけでもなく、信号が変わるまでのわずかな合い間、人との一期一会の会話を楽しみたい分けでもない。  ボクが目を伏せて、軽くお辞儀を返すと、彼女はそれで脈なしと察して、またトボトボとどこかへ歩いて行った。  その後ボクが、映画館を辞め、夜の世界に出入りするようになると、それまでと比べ彼女とすれ違う機会は格段に増えたが、1度も「こんばんは」と声を掛けられることは無かった。  
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