便り

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 ふと、仕事の手を休めると、窓の向こうに見える梅の木が、八分咲き程になっていた。いつから咲き出したのであろう、それを気にする心の余裕が、近頃全くなかった。道理で異常に肩が凝るはずだと、周囲の目を盗み、軽くストレッチをしてみると、その時、あ、そういえば・・・  話は10年前に遡る。当時住んでいた家の庭に、梅の木があった。春が近づくとその木がつける梅の花を、隣家の一人暮らしのおばあちゃんが、とても気に入ってくれていた。それならばと、そこを引き払う際、両家で費用を折半して、隣家の庭へと、その梅の木を植え替えた。それからというもの、毎年、花の時期になるとおばあちゃんから、梅の便りが我が家に届く。4年前、初めての子、智樹が生まれてからは、その年々成長していく様を、写真に映して送り返している。ところがどうだろう、おばあちゃんからの便りが、今年はまだ届いていない。もう、届いてもおかしくない頃なのに・・・ 「届いたわよ、やっと」  帰宅して食卓に着くと、妻が私に差し出してきた。 「でもどこか、変なのよねえ」  見れば、 「ことしもうめの花がさきました・・・」  文面はただ、それのみである。「花」以外の文字はすべてひらがなで、なおかつ弱弱しく、俗にいうミミズが這っている様な感じだ。 「智樹の写真を撮って、すぐに返事を送らないとね」  ・・・だが、 「いや、いい」  そこで私は、傍に立って話を聞いていた智樹を、不意に抱き寄せた。 「な、パパとママと3人で、梅の花を観に行こうか」 「いつ?」 「明日はもう無理だから、じゃ、明後日」  明後日は出勤日である、休みではない。加えてここのところ、仕事で思うような成果をあげられていない。それらを全て承知した上で、妻は、微笑んでこう呟いた。
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