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9話 変態しかいない
激戦を征し、目に光の無い生徒達が学校から全て去るのを確認した後。
叶恵と縁も帰路に就いた。その叶恵の足取りは弾んでいる。
「本当に行くのカナエちゃん……。罠なんじゃないかな……」
「仕方ないのよ……。そのヒナコちゃんって子の家にレトロゲーが眠ってるっていうんだもの……」
心配そうな縁の言う通り、叶恵も本当は行きたくはない。
行きたくはないが……レトロゲーム機マフィアコンピュータ。通称マフィコン。
ぜひこれを実機でプレイしてみたいという欲が勝ったのだ。
製作者が何を考えてるのか分からない珍ゲーが数多いと噂のマフィコン。
製作者にやらせたくなる超能力育成と言う名の運ゲーや……
説明一切無しでヘリコプターを操って戦闘機と戦うゲーム等々……
考えるだけで叶恵の心は踊っている。
「中でも主人公が超虚弱なアクションゲームがあってね。ちょっとした段差を飛び降りると死んじゃうスベランカーってヤツなんだけど、それを一度実機でやってみたいのよ」
「なにそれ凄いクソゲーじゃない。そんなクソゲーのために危険な目に遭うなんてバカらしいよ。やめようよ、そんなキングオブクソゲーなんて」
「オーケー。そこまでにしとこうよユカリちゃん。神ゲーだからね。それ以上言うと消されるよ?」
楽しそうに語る叶恵とは対照的に、縁は心配が募るゆえにこれでもかとゲームソフトを扱き下ろす。
叶恵は色々な危険性を感じながら縁を諭した。
それはこの世界の存続にも関わる事かもしれないのだ。
そんな感じの微笑ましい帰路に、不穏な気配が立ち込める。
叶恵達の前に、一人の男性が立っていたのだ。
整った顔立ちにキリリと吊り上がった目尻。
目を引く清潔な白い学ランのポケットに片手を入れ、頭の良さそうなメガネを掛けた変な人物である。
「ユカリちゃん。通報しよう」
「うん。異議なし」
「待ちたまえ。決断が早いなキミ達は。まずは自己紹介をしよう。僕は小金平直文。高校二年だ。キミ達の事は知っているよ。叶恵くんに縁くん」
即決でスマホを手に取る叶恵。縁も同調し、電話を掛け始める叶恵の前に出る。
直文と名乗った男はメガネの間を中指で押し上げ、冷静に話し合いを提案した。
「あ、お巡りさんですか。不審者を発見しました。ポリスメンの派遣を要請します」
「それ以上近付いたら黒焦げになるよストーカーヤロウ」
意に介さず本当に電話を掛ける叶恵。
血走った目をした縁はスタンガンを手に男を威嚇し、可愛らしい口調で毒づいた。
「やれやれ。現代人とは面倒なものだな……」
反響するようなその言葉と共に、叶恵の持つスマホに真っ白な指が触れる。
スマホの電源は不自然に落ち、叶恵達がその指先を辿ると、行き着いた先に居たのはまるで黒い布を被せた骨格標本。
つまり骨が喋り、動いていたのだ。
「わきゃあ!?」
「がががががガイコツ……」
「落ち着け……。すでに人払いの呪が仕込まれている。ここはもう戦場だ……」
涙目で慌てふためく叶恵と縁。そこに叶恵のカバンから飛び出したペットボトルから声が響く。
叶恵は急いでペットボトルの蓋を開け、ニュルリと現れたのは黒蛇の波旬。
「じゃこの人って……」
「そう。参加者の一体。冥府の女神プルートよ」
「え、こんな姿の人居たっけ? 居なかったよぉ……」
状況を察した縁の問いに短く答える波旬。
怯える叶恵の疑問を汲むように、プルートの姿に変化が起きる。
白い骨は肉を帯び、褐色の肌と長い髪に癖毛が特徴的な美女が姿を見せる。
その格好は体のラインがしっかりと出るピッチピチのもの。なおかつ胸元から太ももの上までしかない布地の服装である。
「プルート。なんだその格好は……」
「この衣装はボデコンと言うらしいな。私の願いは別として、今はこの時代のふぁっしょんとやらに従ってやっているのだ。やれやれ、こんな物が流行っているとは……人と言うのは度し難い……」
「間違いなく調べる年代間違えてるわね」
訝しげな波旬に溜め息混じりに説明するプルート。
姿が変わり、叶恵もツッコミに回るくらいには落ち着きを取り戻していた。
「安心したまえ。今日は互いの顔見せさ。僕はこの戦いをフェアに行いたいと思ってるんだ」
「黒心波桜ぁ!」
キラッとした微笑みで話を進め始める直文。
だが叶恵は即座に黒蛇の口から刀を抜き、早着替えと共に切りに走る。
動じる事もない直文は視線を落としたまま動く気配は見せなかった。
「え? 避けないの?」
驚きを口にする叶恵は、動揺しながらも直文の左肩を上段から掠める。
攻撃を受けながらも直文は身動ぎ一つせず、ただゆっくりと右手の中指でメガネを押し上げた。
「き、効いてないの……」
「ふっ、この程度かね? やれやれ、適正値ナンバーワンと聞いて期待してたのだが、これは期待外れかな?」
叶恵は慌てて後方に下がり、余裕の笑みを浮かべる直文は不敵な挑発を口にした。
直文の身体は少し震えているようだが、武者震いと言わんばかりに悠然と立っている。
「く、ハーくん! この刀、必殺技とかないの?」
「あるぞ」
ダメ元で対抗策を聞く叶恵にあっけらかんと返す波旬。
叶恵は知らせなかった事に憤慨し問い詰めた。
「なんで言わないのよ! こういうの一番大事でしょ!?」
「お前が話聞かない上にいつも我を放り投げて戦ってるからだ! まあ良い。意識を束ね、一刀を振りかざして発動するその技の名は『天魔転合』。この技は……」
激昂する叶恵への反論は程ほどに技の説明に入る波旬だが、途中で動き始めた叶恵を見て言葉を止める。
叶恵はまるで何かを悟ったかのように、その顔は歴戦の勇姿を思わせるくらいに落ち着いていた。
「まさか……おいバカ! まだ説明が……」
「食らいなさい……。これが私の全てよ! 『天魔! 転・合』!」
波旬の嫌な予感は的中した。叶恵の身体から黒い煙が立ち登り、それは悦楽刀に集約される。
刀を大きく上方に振りかざし、叶恵の一声と共に1メートル程の黒球が煙を放ちながら解き放たれたのだ。
「ナオフミ。避けた方が良いのでは?」
「彼女の力を測りたい。それに、もはや目を離す事は出来ん……」
迫る黒球の軌道から一歩外れているプルートからの指摘。
直文はこの黒球を真正面から受け取る意志を示す。
黒球は直文に直撃し、その身は黒い煙に巻き付かれる。
しかし、煙はすぐに消え去り、直文は何も変わらずそこに立っていた。
「特にダメージはないようだが?」
「無傷じゃん! どうなってるのハーくん!」
「だから勝手に動くな! この技は自分の想像する快楽を相手に付与する技なのだ! 例えば喉の乾きを満たしたいと思えば、敵に乾きを与える事が出来る! 使いどころが大変難しいのだぞ!」
何ら変わらぬ様子である自らの身体を見回す直文に、叶恵は驚愕の声で波旬に詰め寄った。
これにはさすがに波旬も言い返し、怒鳴りながらも途中であった技の解説をする。
「じっみ! つっかえない技ね!」
「つまり何も考えてない状態だと効果ないんだねぇ」
目尻を下げ落胆する叶恵。軽く捕捉するような縁は他人事のように微笑んでいる。
派手なのは見た目だけであり、普通に考えて攻撃手段とは縁遠い能力なのだ。
「やれやれ……。未熟も良いところ。矜持から外れるが、これは少々しつけが必要かな……」
落胆していたのは直文も同じようで、予定にない戦闘を続行する言葉を放ち、大袈裟に左手を宙に流した。
バッと言う風切り音と共に、宙に響くは『ボキッ』という鈍い音。
「あれ? 今変な音したけど……」
その鈍い音に反応し、叶恵はぶらりと腕を下げ硬直する直文に視線を移す。
波旬や縁。プルートも一斉に直文を見つめるが、直文は堪えるように動かない。
「プルート……。何が起こったか分かるか?」
「なるほど。骨が折れたようだな。ナオフミの身体は現在、大変脆くなっているようだ」
少々震える声で聞く直文の身体にそっと触れるプルート。
そこで直文の身体の変調を察して答えを出した。
「これってもしかして……。カナエちゃんひょっとしてさっきのクソゲーの事考えてた?」
「神ゲーね。確かに考えてたけど……。虚弱プレイヤー設定楽しいなって……。もしかして私の楽しいゲームの設定が反映したって事?」
「そのようだな。カナエの屈折した趣味に強制的に付き合わせるとは、我ながら恐ろしい能力よ……」
仮説に思い当たり口に出すのは縁。叶恵はそれを肯定し、波旬もその結果が事実だと結論付けた。
叶恵が想像するゲーム設定を付与するという、ろくでもない必殺技が誕生した瞬間である。
「これは勝ったわね。どうするの? 豪快に動けばそれだけでダメージを負うって事よ」
「期待……通りだよカナエくん。だがこれではまだ足りない……」
調子付いて勝ち誇る叶恵に冷や汗をかきながらも強気な態度を見せる直文。
彼は静かに残った左手を宙にかざし、現れた黒い本が開かれた。
すると本を中心に霧が立ち込め、周囲の視界はあっという間に霧に呑まれる。
「ちょっと、まさか逃げるの!」
『今日は顔見せと言っただろう? 次会う時まで、少しは成長して置く事だね……』
叶恵の言葉通り、気配の消えた直文の声が空から降るように聞こえてきた。
霧はすぐに晴れたが、やはり直文とプルートの姿は消えている。
「ずっるい! 今私勝ってたでしょう?」
「相手が魔法具を出す前に仕掛けたら不意打ちと変わらん。それで勝ってもセレーネ辺りが文句を言うだろう。今は自身の能力が開花した事を良しとせよ」
「ぐぬぬぅ……」
卑怯と言わんばかりに喚く叶恵を嗜めるような波旬。
変わらないどころか不意打ちしようとしたのは事実なので、叶恵は喉の奥で呻く事しか出来なかった。
『ふ……。可愛い子達だったな……。楽しみじゃないか……。この世の人間が皆、全裸で過ごすと言うことは……。くふ……くく……はーはっは! ……あ、あばら折れた』
『ナオフミ。まだ通信切れてないぞ』
宙に木霊するは直文の心情とプルートの淡々としたツッコミ。
その場に残された少女達の瞳に宿るは殺意の波動。
「そういやそんな目的だったわあの女神。良いわ、次会ったら確実に始末しよう」
「手伝うよカナエちゃん」
叶恵と縁は互いの得物を握り締め、来る戦いの意気込みを述べる。
全世界の平和のため、変態撲滅を胸に誓いながら……
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