プロローグ  ゲームだと思ったのよ

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プロローグ  ゲームだと思ったのよ

 日本。とある家庭のとある家族の一幕。  極々平凡な微笑ましい光景がそこにはあった。 「ああ~、クソ! 負けたぁ!」 「はっはっは、とーさんに勝とうなんて三日早いぞ!」  一台のテレビに向かい、レーシングゲームをしていた父娘。  高校一年の松葉叶恵(まつばかなえ)16歳。その父、松葉照男(まつばてるお)38歳。 「さ、とーさんは明日も仕事だからもう寝るよ。カナも学校休みだからってあんまり夜更かしするなよ」 「分かってるわ。明日は『ウルトラフミコシスターズ』の新作発売日じゃない。パパが買って来てくれるまで良い子で寝てるわ!」  いや、起きなさいと添えて笑顔で自室に戻る父。  叶恵もパジャマに着替え、横スクロールアクションである人気シリーズのゲームに想いを馳せながら床に付いた。 「明日はパパが帰って来るまでオンラインゲームでもしようかな……。それともRPGのレベル上げで……も……ふにゅ~……」  ーーーーーーーーーー 「起きなさい……。目を覚まして……」 「う……ん? なに~?」  ベッドに入り、寝ていたはずの叶恵の耳に澄んだ優しい声が届く。  不自然に思いつつも目を開け、起き上がるとそこは何もない真っ暗な空間だった。  さらに不思議なことに声の聞こえる方向に淡い光の球体が現れ、小さな光源の割には自分の身体がはっきり見えていた。 「選ばれし者よ……。貴女はこの世界の命運を決める英雄に選ばれたの……。どうか引き受けてはもらえないかしら……」 「ああ、うん、じゃ……はい」  光の球から聞こえる頼みを即座に引き受けた叶恵。  考えるまでもない。これは夢である。父が買ってきたVRゲームのような感覚の夢。  帽子被るようなタイプではないので、自分の手とか見えるのは凄い。程度の感想しか抱かなかった。 「決断早過ぎない? 躊躇とか、色々質問とか……」 「良いから早く進めてよ。ほらほらスキップスキップ、話し飛ばして。私あらすじとか操作方法とか後で見る派だからさ。なんで焦らすの? さてはクソゲーね?」  まごついたことを言い出す光球を、叶恵は面倒なシステムと言わんばかりに急す。  叶恵にとって、ゲームの攻略速度はかなり重要なのだ。 「ク、クソゲー? そ、操作……方法? あ、ではまず貴女が協力する相手を六つの中から選んでくれるかしら?」  玉っころがそう言うと叶恵の目の前に六枚のカードが現れ宙に並んだ。  演出は中々のもんだと感心する叶恵。  まず一番左のカードに手を振れるとカードが仰向けになり、立体映像が映し出される。  その姿は白い翼の生えた綺麗なお姉さん。その胸元に文字が並ぶ。  月光の女神セレーネ  目的 宇宙開発禁止  授与魔法具 パラサイトフェザー  ファンタジー色の強い設定のくせに目的だけやけに生々しい。  だがそんな些細なことより大きな問題があった。  文字が現れたと同時に叶恵の目の前に……、おそらくは魔法具であるパラサイトフェザーが出現したのだが……  これはヒドイ。早くもクソゲー臭が勢いを増して来たと感じる叶恵。  サッカーボール程の大きさのダンゴムシから翼が生えているのだ。 「うへぇ……パスぅ……」 「え? ダメ? 私の翼便利よ? 空飛べるのよ?」  心底嫌悪を示す叶恵に御機嫌を取るようにアピールする光球の声。  叶恵は心の中で『セレーネってアンタかい!』とツッコミを入れ、性能よりビジュアルだよと締め括る。  これを背中に着けると思うと嫌悪を通り越して悪寒しか沸かなかった。  気を取り直して今度は左から二番目のカードに触れる叶恵。  セレーネの情報は一瞬で光と消え、変わって表示される情報。  ボサボサ頭だがちょい悪イケメン風な金髪の男だ。  強そうではあるが、軽そうでちょっと残念である。  天空の神ゼノン  目的 電化製品撲滅  授与魔法具 ライトニングケイン 「おい目的よ……。私に死ねと言うのか天空の神。電化製品無くなったらゲームどうすんのよ。武器の見た目もダサいわ。この会社予算ないの? 演出にお金掛けるのは愚のこっちょーよね」  本末転倒とばかりに酷評する叶恵。ゲームと言えど自身が大切にする物を撲滅する目的に付き合うはずがない。  オマケに授与魔法具の見た目、一見きらびやかな杖に見えるものだが、先端部分とか見るに多分、ただ長いだけのスタンガンなのだ。  叶恵はサクサクと次に移る。  三枚目のカードを開示するとアラビア~ンな雰囲気の衣装を纏った褐色肌のお姉さんが出てきた。  お腹とか出して随分色気のある美女である。  冥府の女神プルート  目的 ドレスコード全裸  授与魔法具 ブラックミスト 「どういう事だろう? 裸で過ごせと? 美人だけどこのお姉さんも頭おかしいのかしら? まともな神様居ないのこのゲームは……。魔法具はまともね。黒い本、つまりは魔導書ね……」 「ゼノンに関しては私も同意だわ。アレだけはお勧め出来ないわね。でもプルートは真剣にこの世界の事を考えてるから、ゼノンよりはマシかしら」 「え? ひょっとして相性問題とかもあるの? でも魔法使いか~。私何も考えずにバシュバシュ斬りたいからな~。これもパスね」  頭を抱えたくなる適当な設定に辟易する叶恵に同調するかのような光球ことセレーネ。  叶恵は選ぶ選択肢が後の分岐も兼ねていると考え、真剣に熟考した上でこれも見送った。 「ねぇ、もう良いから武器だけ見せてよ」 「ええ~、そんな……私達にも目的というものがね? 貴女への報酬とかの話しも聞きたいでしょ?」 「報酬って二週目特典とかでしょ? 初回プレイが楽しめるかも分からないのに今必要なことじゃないわ」  突如面倒になった叶恵の発言に慌てた様子を見せるセレーネ。  だが叶恵は聞く耳を持たなかった。  クリア特典なんてものは大抵ゲーム自体に関係無く、あっても最初からやり直した際に有利になるアイテムなど。  大概システムが追加されるだけなので、今聞いてもモヤモヤするだけと思い至った叶恵はストーリー展開を捨てたのだ。 「え? 二週目? いえ、でも……。ほら、私もね? 皆やる気ないから一生懸命説明とか考えて来たし……。まず何をするのかとか……」 「早くプレイしたいのぉ!」  ちょっと涙声のセレーネに叶恵が魂の叫びをぶつけると、渋々といった様子で武器を開示してくれた。  少しだけ良心が痛む叶恵。こういう演出は心に来るからクレーム案件ねと密かに考えている。 「さて、そんなことより……、私の気に入る武器はあるのかしら……」  悩みながらも、叶恵の視界は徐々にボヤけて行った。  まるで夢の中で眠りに落ちるように、その意識は混濁していく。  ーーーーーーーーーー  コッケ! クルッポー!  コッケ! クルッポー!  ニワトリなんだかハトなんだか分からない不愉快な目覚ましを止め、目を覚ました叶恵。  白む視界を擦りながら自室を出て、一階のリビングまで降りた。 「あら、今日は早いわね。自分で起きてくるなんて珍しい」 「うん……、ちょっとクソゲーの夢見て目覚め最悪でさぁ……」  朝ご飯の支度をしてくれている叶恵の母、松葉幸恵(まつばゆきえ)36歳。  叶恵は半ば寝ている状態でテーブルに付いた。 「パパと一緒にゲームばかりやってるからよ。今日も新しいゲーム買うんでしょ?」 「パパが帰ってきたらね~。今日土曜だから待つのしんどい~」  ご飯をよそい、レタスとベーコンエッグの入ったお皿がテーブルに並ぶ。  ボケ~っとして茶碗を持った叶恵の視界にヒラヒラと揺れるものが映った。 「ほら、予約の紙とお金。カナちゃんに渡しといてって、パパから」  無気力顔面な叶恵に幸恵は封筒を振って見せる。  眠気の張り付いた叶恵の顔はみるみる笑顔で満たされた。 「ほら~、がっつかないの! 頂きますは?」 「頂きますわ~! いつもありがとう! 美味しい!」  幸恵の目の前で茶碗と皿に盛った食事は米一粒も残さず溶けていった。  普段は休日でも一歩外に出るのに半日はかかる叶恵であるが、食事を終わらせてから10分で身支度を整え、玄関に向かった。 「じゃ、いってきまっしゃ~!」 「なに語よ? 気を付けるのよ~!」 「あいあい~!」  家の玄関の扉を開けた叶恵は極上の笑顔のまま固まった。  玄関扉と門の間の土に抜き身の刀が突き刺さっているのだ。  日常的に見ても不自然な光景。パパかママのイタズラであろうかと思案し、ありえるから怖いと嘆息する。  (つば)はなく、刀身を除く部位、(はばき)から柄頭(つかがしら)まで真っ黒の刀。  夢で最後に見た武器に酷似しているようにも見えた。 「正夢? いやまさかね……」  叶恵は一応辺りを見回し、人が居ないことを確認すると食い入るようにその刀を眺めた。  カッコ良い。やっぱ日本人は刀よねと内心の興奮を抑え込む叶恵。  この曲線美が堪らないと思いつつも、まさか本物ではないだろうなと疑っている。 「なんかこの鈍い輝きが本物臭いわね……。パパが模造刀は変にピカピカしてるの多いって言ってたしって……、わきゃあ!」  舐めるように眺めていると、突然柄の裏からニョロリと小さな黒い蛇が現れた。  その蛇は柄を巻くように動き、柄頭の上まで頭を上げて叶恵を見つめてくる。 「黒い蛇!? きっもちわるぅ!」 「気持ち悪いとは心外だな。さすがの我も傷付くぞ……」  身体を仰け反らせ、後退りしながら悪態を付く叶恵に黒い蛇が苦情を唱えた。  あまりの出来事に唖然とするしかない叶恵に黒い蛇は話を続ける。 「待たせてしまったか? 我がお前の担当である波旬(はじゅん)だ。よろしく頼むぞ。分かっているとは思うがこれは極秘事項。お前や我の正体は誰にも……」 「ママ~! 蛇が喋ったー!」  話の途中で叫びながら家に入る叶恵を開口したまま見送った波旬。  まさか秒でバラシに行くとは思っていなかったのだ。
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