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2話 画面の向こうにいくらでも
「カナちゃ~ん。飲み物持って来たわよ~。ここに置いておくわね」
「うーん……。ありがとう」
母が部屋に持って来てくれたお盆を横目で確認し、乗っている黒い炭酸飲料に手を伸ばし口元に運ぶ叶恵。
しかし、プクプクと音を立てるそれはいつまで立っても叶恵の喉には入ってこなかった。
不思議に思った叶恵はゲームを一時中断し、グラスの中身を確認する。
そしてそのまま部屋の壁に向かって力の限りグラスを振った。
壁からはビタン! と痛烈な音が響く。
「ミッチミチに詰まってんじゃないわ!」
叶恵の怒号と共に壁に叩きつけられた波旬。
グラスの中身を飲み干した挙げ句中で寝ていやがったのだ。
「お……、おお……、それな、中々美味でついな……」
「ついじゃないわ。私をショック死させる気?」
床で引っくり返ってる波旬を尻目に仕方なく一緒にあった冷たいお茶を一気飲みする叶恵。
再びゲームを再開した叶恵に波旬が語りかける。
「そうだカナエ、悦楽刀の新しい名前が決まったぞ! 悦楽刀黒心波桜天魔輪ハートブレイカーカナエスペシャル春爛漫だ!」
「じゅげむか!? ママとなんか話し合った挙げ句折り合い付かなかったのね……」
一階から熱のこもったネーミング合戦が響いて来ていたので経緯は分かっていたが、さすがに息継ぎ無しで言えないような武器名は嫌である。
だが叶恵から新しい名を提案する事はなかった。本当にどうでも良いのだ。
「お前の使う武器なのだから少しは興味を持ったらどうだ? そもそもお前はなにをやっているのだ?」
「なにって……。新作ゲームだけど? え? 興味あるの?」
波旬が聞いたのはそういう事ではなかったのだが……
叶恵はゲームの話を振られたと思い込み満面の笑みで語り始めた。
「主人公の女の子を操作して進んでいく横スクロールアクションのゲームでね。悪の女王に拐われた王子を取り返す物語よ! 敵は大体踏めば倒せるわ」
「ほう……。踏んでないじゃないか」
意気揚々と語る叶恵の言葉とは裏腹に、テレビ画面に映る敵と思われる動くモヤシや大根はレオタードをまとったキャラに鞭で叩かれていた。
少々困惑する波旬に叶恵の瞳は輝きを増す。
「ああ、これはさっき蝶々型のアイテム取ったからね。アイテム取ると変身するのよ。通称クイーンフミコ。ピンヒールで踏みつけの威力も上がってるわ」
「色々ヤバくないか!?」
「知ったこっちゃないわね」
叶恵は波旬と他愛ないギリギリの会話を続けた後、おもむろにゲームを止め、ゲーム機からディスクを取り出した。
待った甲斐はあったとそわそわし始める波旬。
「おお、ゲームは終わったのか! ならばこの魔法具の説明に移ろうかのって……。なんだそれは?」
「なにって……。モコハンよ? モコモフハンター。オンラインゲームね。友達と待ち合わせしてるのよ」
波旬は叶恵が別のゲームをやり始めた事に驚いた。
この状況でなお、こちらを無視してゲームに没頭しようというのだ。
だが波旬はそれ以上に気になったことがあった。
「友達!? 居たのか!?」
「驚き過ぎじゃねーかしら? ほら見て、私の作ったチーム、ネコネコフロンティアのメンバーよ」
必要以上に驚く波旬にプライドを傷つけられた叶恵は、ゲーム画面を見るように促した。
テレビには数名の名前とおぼしき表記と一言のコメントが並んでいる。
『ネコネコフロンティア』
カナエ3 よろしくお願いしますん
パパDX 一児のパパです
マリアベル 異世界転生したい
naotinn 巨乳とパンツに埋もれたい
ハッピーブレス 可愛い以外は死んで良し
「今部屋に来てるのはマリアベルちゃんだけね。マリアベルちゃん私になついて可愛いのよ。多分小学生くらいじゃないかな?」
叶恵はそう言うとテレビ画面を見てほくそ笑んでいる。
テレビ画面には二体のゲームキャラがピョコピョコと動き回っていた。
マリアベル『カナエ3。座薬ちょーだい』
カナエ3『いいよー』
「どんな会話しとるんだ……」
「お、ナオチンさんとハピブレさんも来たわね。二人とも手練れのトップランカーなのよ!」
画面に映る会話文に呆れ返る波旬、それに気付かずゲームを堪能する叶恵。
ゲーム画面には怪しい格好をしたキャラ達と会話文が並んでいた。
マリアベル『カナエ3。モフ竜のワタゲちょーだい』
カナエ3『それはとりひき出来ないのー』
マリアベルさんが退席しました。
naotinn『今日のpantsは何色だい?』
ハッピーブレス『白のフリフリレースよ!』
naotinn『excellent!』
カナエ3がnaotinnを退席させました。
カナエ3がハッピーブレスを退席させました。
「てな感じで、みんな仲良しなのよ!」
「嘘だ! 絶対嘘だ! 闇しか感じないぞ! まあ……、とにかく分かった。なるほど、ゲームの中にしか友達が居ないんだな……」
どっから出てくるのか分からない自信で笑顔を作る叶恵に、酷く冷たいツッコミを入れる波旬。
チームリーダーが叶恵であるという事は、一番の闇を抱えるのもまた叶恵なのである。
「失礼ね! 友達の一人や一人居るわよ!」
「一人じゃないか!」
少し気に触った叶恵は反論を試みるが嘘はつけなかった。
その時、不意に叶恵の懐から音楽が流れ出す。
『えいやーどっこいしょ! どっこいしょ~!』
「なんだ!? 敵襲か!?」
「ふっ……。噂をすれば……ね。私のスマホよ。見なさい!」
首をキョロキョロさせてあわてふためく波旬に勝ち誇った表情でスマホの画面を見せる叶恵。
そのディスプレイには『寺坂縁』と表記されていた。
フフンと身体を退け反らせ威張り散らす叶恵。
『どっこいしょ! どっこいしょ! あ、どっこい~しょ~!』
スマホから聞こえる音楽のリズムに乗り、身体を揺らす波旬。
波旬はそんなものより着信音が気になっているのだ。
ーーーーーーーーーー
「ママ~! ちょっとユカリちゃんのとこに出掛けて来るね~!」
「待ちなさい」
リビングを通り過ぎようとする叶恵を止め、近付いて来る幸恵。
ユキエアイを光らせて舐めるように叶恵を観察している。
「黒のミニスカ、スカートが隠れない長さのブラウンコート、セミロングの黒髪の上からマフラーを巻くのはポイント高いわ。黒タイツは減点対象だけど良いでしょう。合格よ」
まだ一月の終わりだと言うのに生足を要求する母親にゾッとする叶恵。
だが、イガイガするけど寒いからとマフラーに巻き込んだ髪が加点対象になって難を逃れたようだ。
「カナちゃんよく見れば可愛いんだから、身だしなみはしっかりしないとね。よく見れば可愛いんだから。良く見れば」
「三回も言われるとさすがに心に来るわ」
ユキエチェッカーを乗り越え外に出る叶恵。
お昼前の陽気と冷たい風の心地良いコントラストが叶恵の肌と鼻をくすぐる。
気持ち良さそうに大きく伸びをする叶恵。
「ん~! あぁ~……。辛い、帰ってゲームしたい」
「一歩出ただけじゃないか! さっきも外出てただろう!?」
二秒で豹変した叶恵の様子に驚きを隠せない波旬。
ここまでゲームにこだわる者を外出させる友達とやらに少し興味が出てきていた。
「そのユカリとやらに会いに行くのだろう? どんなヤツなんだ?」
「ちっちゃい頃からの友達でね。気弱な子なんだけど可愛い子よ。どうしても今会いたいなんてなにかしらね? まさか……愛の告白とか?」
コートのポケットから顔を出した波旬に寺坂縁の説明をする叶恵。
冗談っぽく口元を緩ませながら身をよじって照れた振りをしている。
「ユカリは同性ではないのか?」
「うん? 同性だけど? 大丈夫よ。ハーくんにもちゃんと紹介してあげるからね」
波旬は叶恵と会話が度々成立しなくなることに困りつつ……
まずは紹介してはいけないことを……、どうやったら理解してくれるのか考えていた。
ーーーーーーーーーー
「呼んだよゼノンちゃん……。カナエちゃんすぐに来るって……」
「ああ……、そうかよ。楽しみだなぁ。血で血を洗う戦闘……。久々に血がたぎるってもんだぁ……。くく……、早く来いよ波旬……、あーはっはっはっはっはぁ!」
猫頭公園にて。
寺坂縁とガラの悪い大柄な男、ゼノンが叶恵達の到着を今か今かと待ち構えていた。
「すみません、警察の者ですが……。いくつか質問良いですかね?」
「え? 俺? いや、ちょっと……。ユカリ? あれ? あいつどこ行った?」
天を仰ぎ、片手で顔を押さえながら笑っていたゼノンを数人のポリスメンが包囲している。
寺坂縁はゼノンが高笑いを上げた辺りで、恥ずかしさのあまり大分距離を取っていた。
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