7話  魔の巣窟

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7話  魔の巣窟

 学校の正門を潜る叶恵(かなえ)、その足取りは海中を行くが如く重い……  きっと鉛も付いてるんじゃないかって程に重い……  帰ってゲームしたい……。そう、切に願っていた。 「ここが学校か! 随分豪勢な建物になったものよ! 昔は木造建築ばかりでな」 「ちょっと! ぬいぐるみって事にするんだからあんまり喋っちゃ駄目じゃない!」  カバンに括り付けた波旬がジタバタしながら興奮するように話を振ってくる。  いつもはあれだけ正体を隠そうとしているのに随分不用心だ。  叶恵はコンクリートの建物なんかその辺にいくらでもあるでしょうにと、小声で波旬を嗜める。  そんな叶恵達の視界に三名の女の子が入って来た。叶恵のクラスメイトである。  一人は金色に染めた髪で肌は黒く、派手なピアスにダボダボ靴下、短すぎるスカートを履いている。  二人目は長い黒髪、前髪パッツンで校則厳守の大和撫子。  三名目は凄いパーマで足首まであるスカート、何故か木刀とチェーンを装備していた。 「カナエ! あの三人組、誰一人同じ時代のヤツが居ないぞ!?」 「お願いだから黙って」  波旬は女の子達の服装に統一感がない事が気になるようだ。  叶恵は見分けやすくて便利だと思っている。気にしたら負けなのである。 「おはおはカナっち~」 「おはよう松葉さん」 「おっす~」  三人組の女の子が歩きながら挨拶をしてくる。  波旬が食い入るように三人を眺めているが、なんとか気付かれてはいないようだった。 「お、おはよう……」  さすがに無視は出来ないと、叶恵もすれ違い様に出来る限り元気いっぱいに挨拶を返す。  そんな叶恵を何故か怪訝な目で見てくる波旬。 「カナエよ。なぜ目を泳がせながら消え入りそうな程小さい声で挨拶するのだ? 具合でも悪いのか?」 「う、うるさいわね! 同級生苦手なのよ! 台風だかスキップだか、知らない名前のアイドルの話とかしてくるし!」  波旬の疑問はもっともではある。  叶恵からすれば力一杯発声したつもりだったのだが、口から出た言葉は自分でも聞き取れないほど小さいものだったのだ。 「し、仕方ないでしょ! 何考えてどういう精神構造してるのか分かんないのよ! 怖いの! アイツら皆エネミーよ!」 「なんとなく分かるぞ。カナエのゲームと同じで、お互い使用言語が通じないのだろうな……」  そう、叶恵にとっては波旬の言うように仕方ない事だったのだ。  お堅い職業に就いている人や接客業の人は良い。  ある程度その役柄に徹する事が分かっているから……  だが奴等は違う、叶恵と同じ自由人であると同時に、叶恵とは似て非なる者達。  自由であるからこそ掴み所のないクリーチャーなのだ。  だが叶恵は愛すべきゲームを引き合いに出さないでもらいたいと密かに憤慨していた。  週始めの月曜日。  それは、険しい冒険の始まり……  朝から睡魔と激闘を繰り広げ、勝利を納めてからも極寒に耐え、遥か彼方(30分)にある魔物の巣窟へと旅立たねばならない。  辿り着いた魔窟(学校)で、魔物達(同級生)の御機嫌を伺いながら、息を潜めて時が過ぎるのを堪え忍ぶ……  これを五日間連続でだ。なんて……、なんて過酷な日々なんだろう……  今週も生き残れると良いなぁ……。そんな思想が叶恵の思考を満たしていた。 「カナエちゃん……。カナエちゃん!」 「月曜日強敵ぃぃ……。ん?」  縁の可愛らしい声がすぐ隣から聞こえ、叶恵はそっと目を開けた。  部屋には不気味な程規則的に並んだ机と、そこに鎮座する魔物共(生徒)が居た。  その最後尾に座する叶恵は机に突っ伏して寝ていたようだ。 「カナエちゃん。お昼に一回起きただけで一日中寝てたね。もう帰りのホームルームだよ?」 「いつの間に……、じゃもう帰れるのね? お家帰ってゲーム出来るのね?」  縁の溜め息混じりの言葉を聞き、覚醒した叶恵は目を輝かせた。  叶恵にとって、今日という日はこれから始まるのである。  帰ってゲーム世界に旅立ってからが日常の始まりなのだ。  ガヤガヤと喧騒が鳴り響く中、教室に入ってくる男性教諭。  コイツのありがたいお言葉の後、叶恵はようやくこの地獄から解放される。 「はーい。テメーら席につけ~。今日は転校生を紹介するぞ~」  小首を傾げて虚ろな目をした担任がおかしな事を言い始めた。  転校生とは普通朝来るものではないのか? そもそもそんな話は一切聞いてないと少し嫌な気分になる叶恵。  ふと周りを見渡すと、騒いで居た生徒共はピタリとその口を閉じ、全員が教室の入口に注目する。  普段こんなにも統制が取れた事があっただろうか?  いや、ない。この担任にそんなカリスマ性はないし、この生徒(クリーチャー)共にそんな協調性は皆無なのだ。  ほんの少しの間を挟み、教室に入って来た転校生に叶恵も注目する。  驚く程綺麗な、金髪赤目で妖艶な美少女が叶恵の目を奪った。 「それでは紹介しよう。フランスだかイギリスだが分からんが……。留学生のリリスくんだ。皆、仲良くするように」 「ご紹介に預かりました、リリスです! 気軽にリリィとお呼びくださいな!」  担任の雑な説明の後、明らかに叶恵を見て喋り出すリリス。  昨日のメイド女神が学生服で現れたのだ。叶恵は更に驚愕した。  超ミニスカートの下のデルタゾーン、むっちり太股も十分に凶器だが……  上半身のニットベストを歪ませる驚異の胸囲が叶恵の目を釘付けにしたのだ。  物理法則なんてなんのその。そこだけが無重力なのでは? と疑う程の張りのあるロケット(比喩)がそこにあった。  なんというエロティックの化身……  昨日のメイド服もエロかったが、彼女の艶かしさを限界まで押さえてはいたのだ。  貞淑の極みを冠するメイド服の凄さを、叶恵は改めて思い知ったのだった。 (じゃなくて! なんで女神がここに居るの!? しかもコスプレまでして……。一体何のつもりよ!」 「な、なんで……ここに……」 「なんでじゃないですよ! クッキー焼いて待ってたんですよ! おもてなしの準備万端だったんですよ! それなのに華麗にスルーとは悪魔ですか!?」  叶恵が叫んだ声は心からは一切出てこず、代わりに絞り出されたのは蚊の泣くようなか細い声。  それを拾い、捲し立てるように答えるリリス。  呼ばれていたような気はするが、その事を叶恵はすっかり忘れていた。  でもまさか、こんな人が沢山居る所に来るとは思いもしなかったのだ。  叶恵はおっかなびっくり周囲の反応を確認した。  クラスメイト達は不気味な程静まり返り、微動だにしない。 「心配には及びませんよ? 学校中の皆さん……、まるっと精神支配で夢の中にご招待しておりますので」  おっきな胸に手を当てて自慢気にふんぞり返るリリス。  やっぱデケェなしかし、と脳内を制圧する思考を振り払い……  叶恵はこの娘ヤバイ。と警戒を強めた。 「いったいなんのつもり! 無関係の人達を巻き込むなんて! ルール違反じゃないのかしら?」 「お、おや? 急に強気になりましたね……」  椅子に片足を乗せ、ビシリと指差してくる叶恵の急変っぷりに圧倒されるリリス。  先程までの借りてきた猫のような、そんなおどおどしさは欠片も存在してはいなかった。 「カナエちゃんは周りに人が沢山居ると喋れなくなるんだよ。皆に意識がないって分かれば……、カナエちゃんの天下だよ!」 「ああ、なるほど。そう言えばそうでしたね……。あれ? 貴女も私の精神支配が効いてないようですね? ということは……、貴女がゼノンさんのパートナーなんですねぇ」  縁は叶恵が人前ではやや慎ましい性格である事の説明を本人に代わり熱弁する。  そして、リリスが聞き捨てならない言葉を発したのを叶恵は聞き逃さなかった。 「『そう言えばそうでしたね』ですって……。どういうことかしらね? ハーくん?」 「我はシラナイ。あの女たまに頭オカシイノダ。キニスルナ」  叶恵はカバンに付けている波旬に問い質すが、波旬は妙な片言で話を逸らしてくる。  明らかに波旬も知っている事で、何か伏せられている情報があるのだ。 「まあ! 酷いです! 皆で決めたんじゃないですか! 候補者の選出基準はまずボ……」 「カナエ! ヤツを倒せ! このままではお前の学友達が危ない!」  悲しげに語るリリスの言葉を遮って波旬が大きく叫ぶ。  正直ここまでの参加者でなんとなく気になっていた叶恵。  どちらにせよ、後でゆっくりと話を聞かなくてはいけない案件なのは間違いなさそうであった。 「カナエさんに……、確かユカリさん? とりあえず御同行願えますかね? 私のパートナーのヒナコさんが待ちくたびれてしまいますので……」 「嫌よ! あそこのお寺オバケ出るもん! 貴女を倒してでも……、私はそんな所行きたくないわ!」  リリスの指示を秒で却下する叶恵。  神様とは言え、一般人に危害を加えられないのが分かっているならやりようはいくらでもあるのだ。  ゼノンと違いこんな可愛い女の子がそこまで強い訳はないという、確証のない決め付けがその行動を後押ししているのは言うまでもない。 「オバケなんて出ませんよ~。そ・れ・に、そんな事言って良いんですかねぇ」  いたずらっぽく笑い、リリスはパチリと指先を鳴らす。  すると、座っていた生徒達が一斉に振り返り叶恵を見つめた。 「ひぅ!? う……、うあぁぁぁ~ん! ユカリちゃ~ん!」 「よしよし、カナエちゃん大丈夫だよ! 怖くないよ~」  一瞬で心の折れた叶恵は縁の胸に飛び込み、縁はデレデレと嬉しそうに叶恵の頭を撫でて慰めている。  好奇の目に晒される事は、叶恵にとって死刑宣告と同義な程恐ろしいのである。 「これはこれで悪くないけど……。叶恵ちゃんを泣かせる人は、私が許さないよ! ふふ……、ふふふ……。一人残らず滅殺よぉ!」  縁はその胸に叶恵を抱きながら、片手に持つライトニングケインを激しく放電させている。  いつもなら怯える放電や火花だが、それはもはや縁の目には映っていなかった。
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