月灯りの下で

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月灯りの下で

 玄関の重い引き戸を開けて表へ出ると、そこは闇の(とばり)に包まれた静寂の空間だった。辺りには街灯の一つも無くて、足元を照らすのは人家から漏れる僅かな灯りと、雲の向こうに浮かぶ立待月の淡い光だけ。  夏真っ盛りなのに肌寒さすら覚える山の空気を、私は胸いっぱいに吸い込んだ。酒気を帯びて火照(ほて)った体には、この涼しさが心地よい。  つい先ほどまで民宿の一室にて大学の登山部のメンバーらと夏合宿の打ち上げをしていたのだが、夜も更けたし、とお開きになったところだ。片付けが一区切りついたので、そっと抜け出してきた。一週間かけての縦走から下山したばかりの私たちは、今夜はそのまま登山口近くにある小さな温泉街に泊まっているのだ。  飲み会は楽しかった。久しぶりに口にする下界の食べ物は何でも美味しくて堪らないし、下山のタイミングに合わせて駆けつけてくださったOBの先輩方と久しぶりに話をできたのも嬉しかった。それに、無事に夏合宿を終えられた安堵感でいつもより酔いの回りが早い主将は、やたらとテンションが高くて、それはそれは愉快な一時(ひととき)だった。     
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