見送り

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陽介が、死んだ。 いつもの朝だった。 今週末の運動会がいかに楽しみか、昨日の練習ではいかに悔しい思いをしたか、どれだけ自分が一生懸命練習しているか、毎晩遅い夫に一片でも伝えるために父親に似てふくよかな頬に詰め込んだご飯粒を撒き散らしながら喋り続ける陽介をどやしつける、そんな朝だった。 夫を玄関で見送り、まだ体に不釣合いなランドセルを背負わせ、マンションを出て一つ目の曲がり角まで見送るのが日課になりつつあった初夏の日差しが眩しい朝、陽介は死んだ。 付いてこなくてもいいよ、一人で行けるよ、と嫌がる息子をなだめ眇めついつもの曲がり角で行ってらっしゃい、気をつけてねと手を振り、見えなくなるまでの2分少々の間、今日の予定を考えながら見つめ続ける恒例の時間。 後ろから自転車のベル音が聞こえ、そのまますぐ脇を駆け抜けていった。 何の変哲もない、しかし朝の時間にはやや不釣合いなくたびれたスウェット姿の人物。やや汗ばむほどの気温だというのにフードをすっぽり被り、右手にはすりこぎのような棒。その先は、銀色の。 そこまで認識したところで、銀色の光は陽介の黄色い帽子に吸い込まれるように。 世界は変わった。
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