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シュー、シューとどこからか車のエンジンの音が耳に入り
幸太郎がアクセルと雑に踏むたびに車体が強烈に進む。
省吾の父親は音楽や車に全く興味を示さない男だった。
自家用車というと軽トラか小型車か軽自動車で
省吾にとってはそれが当たり前だった事で
大型のボディとターボチャージャーを搭載したスカイラインという
初めての乗り味と音にしばし興味を奪われていた。
神戸の夜景。街並み。車。羽振りの良さそうな社長。
これまでの田舎暮らしとの対比。
これまでの自分の想像外の驚き。
”よし、成功してやろう。この街を手に入れよう”
頭の中でさっきまでの後ろ向きで女々しくもある思考が
ブラインドを閉めるごとく新しく塗り替えられていった。
車を降りると
「ここが寮やから。下に住んでる河野さんが良くしてくれるわ」
見ると築何年だろう、朽ちてボロボロの木造アパートがそこにあった。
一階脇にある開けにくいドアを進むとすぐに急な木の階段があり
階段を上ると4畳半程度の畳の部屋が二つあった。
戦後の佇まいかと思われるその部屋には風呂は無く
汚れた和式トイレのみがあった。ベランダは無く物干し竿が
窓には掛かっていた。
古くて汚い風呂なしアパート。そういった印象の部屋が
省吾の新しいスタートとなった。
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