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しんと静まり返った旅館の中で、私たちのいるこの一角だけは熱気が立ち込めている。熱気と言っても、特に大騒ぎをしているわけではない。ただ一人、妙に盛り上がってしまっている人物がいるだけで。
「うぅー……おい、天音! 俺から離れるな! まだ飲めるだろう!」
「はいはい。私はいいけど、あなた大丈夫なの?」
「なにぃ!? あっ、天音! お前、何を片付け始めている! 酒を飲め!!」
「……ねえ、お姉ちゃん。もう許してあげたら?」
少し離れたところで私たちの飲みくらべを眺めていた妹たちが、呆れ気味に話しかけてくる。空になった瓶を片付けながら、私は盛大なため息をついた。
「あのー、お兄さん? 酔ってますよね? 私の勝ちってことでいいですかー?」
「ううう……かち、とは……どこの女だったか……」
「ああもう、これ駄目だわ。完璧につぶれてる」
飲みくらべを始めて、早二時間。つまみも何もなくただただ飲み続けた結果、先につぶれてしまったのは先ほどまで偉そうな口を利いていた男の方だった。男は意味不明な言葉を発したあと、ゆらりと体を揺らしたかと思うと、そのままばたっと机に突っ伏してしまった。
最初のうちは余裕綽々で色んな酒を飲んでいたが、私の顔色がまったく変わらないのを見て男の表情にも段々と焦りが見えてきた。そんな慌てた様子の男の姿は、悪趣味ではあるが見ていて面白かった。まさか女である私に負けるなど、微塵も想像していなかったことだろう。
そして男が意味の分からない言葉を発し始めたあたりで、私は自分の勝利を確信した。
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