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「それで、あなたは何なんですか? どこかの酒蔵の人ですか?」
「そう急くな。最初から説明してやるから、黙って聞いていろ」
そう言って、男は昨夜と同じように懐から煙管を取り出して、火種もないのに煙の立ち始めたそれを口に咥えた。それから私の目を見据えて、薄く笑いながら話し始める。
「うわばみ、という名を聞いたことはあるか? 天音よ」
「え……嫌というほど聞いてるんですが」
「ほう、驚いたな。まだ信仰心はあったのか」
「信仰? よく分かりませんが、一度父を酔い潰してから散々言われましたよ。春日のうわばみ娘って」
つい昨日も夕月にそう言われたばかりだった。あまり褒められているような気がしないその呼び名を、この人も聞いたことがあるのだろうか。
しかし私の予想を裏切って、男は驚いたように目を剥いていた。初めて見るその間抜けな表情に私も驚いていると、男はすぐに正気に戻って大声で笑い始める。
「ははははは! なるほどな、うわばみ娘か! まったくその通りだ!」
「なっ……そ、そんな笑わなくてもいいでしょ!? ていうか、何なの!? うわばみってそういう意味じゃないの!?」
「くくっ、そうだ。大酒飲みの酒豪のことを揶揄して、人間たちはうわばみと呼ぶらしいが……そうか、お前もうわばみか」
「お前も、って……あなたは違うでしょ。昨日だってあんなに酔っ払っちゃって」
「そうだな。だが、俺は正真正銘のうわばみだ。そのうわばみを酔い潰したのだから、お前はうわばみ以上のうわばみということになる」
「……はい?」
何だか言葉遊びをしているみたいだ。
この人はうわばみで、私はそのうわばみに勝ったからうわばみ以上のうわばみ、って、もうややこしくて仕方ない。
というより、何だか話がおかしい。この人の言う「うわばみ」と、私の言う「うわばみ」は意味が違っているような気がする。それにさっきから気になるのは、この人が「人間たち」だなんて客観的な物言いをすることだ。まるで、自分は人間じゃないみたいに。
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