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「……ねえ」
「む? どうした、天音」
「名前……名前くらい、教えてよ。夫婦になるんでしょ? 私たち」
寝転がったまま横柄な態度で尋ねた私に、男は面食らった顔をした。こんな顔もするのかと、私はちょっと可笑しくなる。
「……俺の名を知りたいのか」
「そりゃそうよ。うわばみっていうのは、種族の名前なんでしょう? 私は、あなたの名前が知りたい」
そう言い切ると、男は困ったように眉根を寄せた。どういうわけか、たかが名前を教えるのを渋っているようだ。私をこんな目に遭わせているくせに。
「まさか、名前も言わないで私を抱くつもり? あんた、仮にも神様でしょ? 嫁になる覚悟までした私に対して失礼だと思うんだけど」
「待て。別に俺は、名を教えることを躊躇しているのではない。ただ、お前が……」
しばしの間、男は考え込むように口を閉ざす。しかし、真っ直ぐに男を見つめる私の視線に気付くと、意を決したように口を開いた。
「……うわばみにとって、名というものは命と同じくらい重要なものだ。だから親と自分以外は知らぬし、軽々しく口にしてよいものではない」
「え……そ、そうなんだ」
「だから俺の名を教えたその時から、お前はもう俺の伴侶にならざるを得なくなる。いくらお前が拒否しても抗えない。それがうわばみの仕来りだからだ」
真面目な顔でそう告げられて、少し怖気づく。どう足掻いても抗えない仕来りがあるなんて、この男はこんな形なりをしているけれどやっぱり神様らしい。
でも逆に言えば、そんな仕来りがあるならば、なぜこの男はそれを最初から行使しなかったのだろう。まわりくどく私を説得しなくたって、甲斐甲斐しく私に触れなくたって、名さえ教えてしまえば私はこの男の嫁にならざるを得なかったのに。
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