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凪の言う通り、私が嫁いでから作った春日酒造の酒は驚くほどよく売れた。そのお金で酒造りに必要な設備も一新できて、最近では大きなスーパーなんかでもうちの酒を置いてもらえるようになったらしい。
だからこそ私は安心して凪の住むこの奥深い山に嫁いできたわけだが、それでもやっぱり家族に会いたくなってしまうものだ。
「凪、お願い。すぐ帰ってくるから。ね?」
「……ずるい女だ。そうやって甘えれば何でも許してもらえると思っているだろう」
「うん、思ってる。だって凪は優しいから」
「ふっ、随分と強かな嫁をもらってしまったな……まあ、いいだろう」
諦めたように笑った凪が、何も警戒していなかった私の肩をとん、と押した。それだけでバランスを崩した私は、抵抗する暇もなく敷いてあった布団の上に組み敷かれてしまう。
「……え。凪?」
「来週は、俺もお前の家に行く。久しぶりに春日の酒も飲みたいしな」
「あ……うん! ありがとう、凪!」
「その代わり、今宵は俺の心行くまで付き合え。よいな、天音」
すぐにでも触れてしまいそうな距離に、凪の薄い唇が迫っている。その唇からちらりとのぞく赤い舌が、早く私を喰らいたくて焦れているのが分かる。もちろん、この「喰らう」は腹を満たす意味ではない。心を満たすために、私を喰らうのだ。
そんなことは分かりきっているのに、なんだか気恥ずかしくなった私は、それをはぐらかすようにへらへらと笑って返した。
「え、と……晩酌に、付き合えってこと?」
「ははっ、まさか。お前と飲んだら、ひどい目に遭うからな。なあ、うわばみ様よ」
言いながら、金色の瞳がすっと細められた。その美しさに魅入った隙に、私の唇に凪のそれが優しく触れる。口づけはそのまま深く濃密なものに変わっていき、私はすがるように彼の腕をぎゅっと握った。
もう、抵抗する気はさらさら無い。この優しいうわばみ様に、心も体も食い尽くされてしまうことが幸せなのだと、今の私は知っているから。
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