1.酒戦

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「……結構イケメンじゃない?」 「夕月、黙って」  夕月の気の抜けた発言をぴしゃりと遮る。今はそんな話をしている場合ではない。もしかしたら、女しかいないこの場を狙ってきた暴漢かもしれないのだ。  男の見た目は、二十代後半から三十代半ばと言ったところだろうか。身に纏う浴衣は旅館に備え付けてあるものではなく、闇夜のような漆黒に白い帯を締めたものだ。その浴衣に覆われていない肌は日に焼けて浅黒く、突飛な髪色も相まって軟派な印象を受ける。いわゆるチャラ男というやつだ。  しかもカラーコンタクトでもしているのか、瞳は異様に輝く金色だ。男の全身から危険な香りがして、私は思わず後ずさりしそうになる。 「そう怯えるな。怪しい者ではない」  男が、にやりと口角をつり上げながらそう言った。しかし私は警戒を解かずに、できる限り低い声で聞き返す。 「怪しい人は、みんなそう言うんです。誰なんですか、あなたは」 「ははっ、その通りやもしれぬな。警戒心が強いのは良いことだが、安心しろ。俺はこの儀式の主催者と言ってもいい」 「儀式? 主催者……?」  男から目を離さず、訝しみながら聞き返す。背後の妹たちが、ぎゅっと私の浴衣の裾を握るのが分かった。安心させるように、裾を握る指に汗ばんだ手のひらを重ねる。  男はその様子を見てふっと笑ったかと思うと、私たちから少し離れた場所にあった椅子に腰かけた。 「酒蔵の娘を集めての交流会、という名目だったか。細かい手配をしたのは俺ではないが、この催しを開くよう命じたのは俺だ」 「え……じゃあ、東雲酒造の社長さんは」 「ああ、此度の役目がその酒蔵の持ち回りだったというだけだ。しかし……確かに妙齢の女子(おなご)をできるだけ集めろとは言ったが、ここまで多いと選ぶのにも苦労する」  くくっと喉の奥で笑いながら、男は私たちを舐めるように見回した。男の話している内容はさっぱり意味が分からないが、その視線にぞくりと肌が粟立つのを感じて、私は妹たちの手を握る力を強くする。
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