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「お前たちはどこの酒蔵の娘だ」
「……春日酒造です」
「ほう、春日か。何年か前に飲んだぞ。甘すぎるのは俺の好みではないが、春日の純米吟醸は程よい甘みでなかなか美味かった」
まさかこのチャラついた男が、うちの小さな酒蔵を知っているとは思わなかった。しかも代々続く春日の酒の特徴まで言い当てたところを見ると、ただの当てずっぽうでものを言っているわけではないようだ。それに、自分の家の酒を褒められたことで少し警戒が薄れる。
「しかし、春日と言えば小さな酒蔵だろう。今日まで続いているのは大したものだが、商いは順調なのか? すぐに潰れなければよいがな」
「なっ……なんであなたにそんな心配されなきゃいけないんですか!」
「先ほどからきゃんきゃんうるさいお前が次期当主か? どうも商いに向いているようには思えぬな。婿の予定はあるのか? 今はまだ良くても、春日の酒蔵もお前の代で途絶えるやもしれぬぞ」
呑気にそう言うと、男は懐から煙管を取り出して吸い始める。今どき珍しいものを持っているだとか、マッチも擦らずにどうやって火を点けたのかとか、落ち着いているときなら気にかかることも、このとき頭に血が上ってしまっていた私はちっとも気付けなかった。
「たまたまうちのお酒を飲んだことがある程度の人に、そんなことを言われる筋合いはありません。謝ってください!」
「ほう。そのようにむきになるということは、図星だったか」
「っ……! ふざけないで! 大体っ、主催者だかなんだか知りませんが、この階にある部屋には女性しかいないんです! 不審者として通報されたくなかったら、今すぐ出て行って!!」
背後で小春が、「お姉ちゃん、落ち着いて」と私の浴衣の裾を引っ張っている。私だって、こんな得体の知れない男相手に食って掛かったところで無意味だなんてことは分かっているつもりだ。でもこのまま、うちの酒蔵を貶められたままでは引き下がれなかった。
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