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「ははっ、不審者か。俺も知らぬ間に随分と落ちたものだな」
「何がおかしいんですか。ここで私たちに謝るか、黙って出て行くか、どちらか選んでください」
「どちらも御免だ。俺は誤ったことを言った覚えはないし、外せぬ用があってここにいるのだ。俺が気に食わぬのならお前が出て行け」
「嫌です。私こそ間違ったことを言った覚えはありませんし、この場にいるべきではないのは明らかにあなたの方です。出て行ってください」
煙管を吸い続ける男を睨み付けながらそう言い切る。それまで気だるげな態度で応じていた男が、少し苛立ったように眉根を寄せるのが分かった。
「……いいだろう。どちらが立ち去るべきか、ここは酒戦で決めようか」
「しゅ、せん……?」
「知らぬのか? 飲みくらべのことだ。どちらがより多くの酒を飲めるかを競い、勝った方がここに残る。負けた方は潔く立ち去る。どうだ?」
男が挑戦的な目を向ける。その不自然な金色の瞳に怯えつつも、私は目を逸らさずに黙って頷いた。こんな勝負を持ちかけられて、酒蔵の娘として断れるわけがない。
私が頷いたのを確認すると、男はまたにやりと笑う。その怪しい笑みに寒気を感じながらも、私は厳しい表情を崩さなかった。
「お、お姉ちゃん大丈夫……?」
「大丈夫よ。夕月と小春は部屋に戻ってて」
「やだ、ここにいる! あの人なんか怪しいもん、何かあったら東雲酒造の社長さん呼んで来よう!」
「うん……そうだね」
不安気に私を見上げる妹たちは、私と違ってお酒に強くない。そもそも小春は未成年だし、夕月は二十歳になったばかりでお酒に慣れていない。そうでなくても、妹たちにこんな男と勝負をさせるわけにはいかない。やっぱり長女である私がなんとかするしかないのだ。
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