1.酒戦

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 妹たち、そして自分にも言い聞かせるように、大丈夫よ、ともう一度声に出した。自慢ではないが、お酒を飲んで吐いたことも、記憶を失くすほど酔ったことも無いし、二日酔いだってしたことがない。  いつか父の晩酌に付き合ったときは、仮にも現当主である父を酔い潰したことで、家族や近所の人たちにしばらくの間「春日のうわばみ娘」とあだ名を付けられたことだってあるのだ。ちなみに、うわばみというのは大蛇のことで、大酒飲みを意味する俗語らしい。年頃の乙女を捕まえて大蛇とはなんとも失礼なことである。  この男もどうやら酒豪であるようだが、負ける気はしなかった。というより、春日酒造の名誉のためにもこんな男に負けるわけにはいかないのだ。 「さて、そちらの準備はできたか? そろそろ始めるぞ」  その声に振り向くと、つい先程まで何も無かったはずの机の上に何十本もの酒瓶が並べられていた。それに、青の蛇の目模様が入った利き猪口や様々な酒器まで用意されている。 「い、いつの間に……!?」 「飽きが来ぬように、とりあえず思いつくだけの銘柄を集めた。どれを飲んでもよいが、燗酒が良ければ自分でここの女将にでも頼むことだな」  言いながら、男は数ある酒の中から一本を手に取った。ラベルを見ずとも分かる、うちの酒蔵で作っている“春日”の純米吟醸酒だ。
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