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その夜、梅の父兼正(かねまさ)は、松正の部屋を訪れていた。
「 松正、横になっていなくてもよいのか?」
「ええ、父上。昼間も横になっていたもので、少しは体を起こしていたいのです。それに、鈴姫への文も書きたかったので 」
"鈴姫" その名をとても愛しそうに、大切に呼ぶ息子の幸せそうなこと。兼正はそっと松正の側に腰を下ろした。
鈴と呼ばれる女性は、松正の幼馴染である。隣国の姫君で、松正の想い人だ。
「鈴姫は、次はいつこちらへ?」
「 10日ほど後との約束です 」
「そうか、それでは宴でも開こう。梅も会いたがっていた 」
「 梅は鈴姫のことが大好きだからね 」
松正は昔、鈴姫のそばから離れない梅の様子を思い出して吹き出した。
「それで父上、何か話しがあるのでは?」
筆を置き、そう言えばと兼正に向き合い坐り直す。
「 実吉に、刀を返そうと思う 」
真剣な眼差しでそう言う父に、松正は息を飲む。
「 何故です。実吉に刀を持たせる意味とは?」
松正は疑問に思った。戦を嫌う兼正の収める国は、武士と呼ばれる家系のものは少なく、刀や弓よりも農作物を耕すことに力を入れていたし、この時代には珍しい"戦のない国"のあり方を尊重していたからである。
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