夜の片隅

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「どうしたの。今日、元気ないじゃん」 サラリーマンやOLは五日間の連勤を終え、駅前に建ち並ぶ居酒屋がどこも賑わう金曜日。 今日は私も急いで仕事を片付け、直属の上司と行きつけの居酒屋で生ジョッキを片手にしていた。 無造作に整えられた黒髪と、歳のわりにきれいな肌。それから、私的にドストライクの黒ぶち眼鏡。目の前で大将が焼鳥を焼いているのがよく見えるこのカウンター席で私の右隣に座っている上司は、六歳年上で33歳の平野(ひらの)さん。 いつもと変わらない余裕のある表情で私のことを横目に見る彼に、私は少しだけ唇を尖らせた。 「元気ないなんてこと、ないですけど」 元気があると言えば、嘘になる。 今日、好きな人が社内一人気の女の子にデートの誘いを受けていた場面を目撃したというのに、元気なんてあるわけがない。そんな私のことを見透かしているくせにこんなことを聞くなんて、彼は相変わらず意地が悪い。 「相変わらず嘘が下手だな、春川は。仕事も分かりやすくミスしてたし、隠しきれてないから」 私の予測通り、私に元気がないことも、それが原因でミスをしてしまったこともお見通しだったらしい彼は口角を上げて笑いだした。
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