桜の下で

2/11
前へ
/11ページ
次へ
さて、どちらを名乗ろうか? 僕の名は七瀬秋明(ななせしゅうめい)、七瀬財閥のひとり息子さ。現在19歳、作家志望でね、文学専門学校に通っているよ。ついでにモデルの卵だったりもするんだ。 そうだね、ペンネームも名乗っておこうか。成瀬朱音というペンネームで、恋愛小説をメインで書かせてもらっている。といっても、学校の課題だけどね。 今僕は、満開の桜の下にいるんだけど、心はこの桜とは対称的に侘しいかな……。 というのも、失恋から立ち直れなくてね……。失恋というより、プライドの問題なのかもしれないね。 中学生の頃に、僕は白浪奇愁という小説家が好きだった。その娘さんである白浪奇子さんが同じ専門学校に通っているのを知って、彼女に近づいた。 恋心というより、尊敬とか憧憬とか、まぁ羨ましかったんだろうね。あの白浪奇愁を父に持つのだから。 だけど空回りの連発で、白浪さんにしたアドバイスはほとんど役に立たず、助けたつもりがむしろ迷惑かけて……。 ブラック珈琲を飲んでいた白浪さんの前でココアを飲むのが恥ずかしくて、見栄を張ってカフェラテを注文するも、まともに飲めなかった。 それを見破られたのも恥ずかしかったけど、白浪さんの言う通り、飲めないものを頼んで残してしまって、マスターに悪いことをしたよ……。 それにしてもこうして考えると、僕は白浪さんに恋をしていたわけではない気がする。白浪奇愁の娘だから、というのが大きいんだろうけど、彼女は僕を特別視しなかった。 大抵の人は七瀬財閥の息子だからとか、顔がタイプだからって理由で僕に寄ってくる。でも白浪さんは僕に興味すら抱かなかった。 僕が空回りして余計なアドバイスをしていた時は多少の気を遣われたんだろうけど、それでもはっきりと僕に自分の意見を言ってくれた。 突き放された時はかなりショックだったけど、その反面気持ちが良かった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加