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「気持ち悪いだなんて、そんなことありませんよ。それでそのマスターとはどうなったんですか?」
“僕の方がもっと酷いですから”という言葉を飲み込んで、話を促した。
「結局、想いを伝えることすら出来ずに終わりました……。最近マスターに恋人が出来たって噂で聞いたんです」
「でもそれって噂ですよね?」
僕が言うと、女性は首を横に振る。
「実はさっき、新商品を考えるから意見を貰うって口実で、お店に行ったんです。窓から覗いたら、私より若くて可愛い子と、仲睦まじく働いていて……」
女性はそう言って、また泣き出してしまった。けど、僕の中で推測が確信に変わった。
「それって、はぐるまっていう喫茶店の、海野さんのことですか?」
どうやら図星だったらしく、彼女は顔を上げて目を丸くした。
「海野さんと、お知り合いなのですか?」
「いや、知り合いってほどではないですけど……。何度か行ったことがあるんです。実は海野さんの恋人らしき人、白浪さんっていうんですけど、以前空回りしてふたりに迷惑をかけてしまったんですよ」
あぁ、詳細ではないにしろ、こうして人に話すのは恥ずかしい……。
「え? あなた、こんなに気遣いできる人なのに?」
「僕はそこまで気遣いができる人じゃありませんよ……。配慮があまりにも欠けてるものだから、白浪さんに怒られちゃいましたし」
「会って間もないですけど、想像がつかないですね」
苦笑しながら過去の失敗を話すと、彼女は目を丸くする。
「まぁ、あそこまで空回りするのは、レアケースではあるんですけどね……。実は白浪さんって、僕が好きな小説家の娘さんなんですよ。そんな人が同じ学校にいるのが嬉しくて、お近づきになりたくて……。アドバイスしても無駄になり、見栄を張って飲めないカフェラテ頼んで残したり、酷いものですよ」
さっきは詳細なんか話したら死ぬほど恥ずかしいんじゃないかって思ったけど、不思議なことにスラスラ話してしまう。恥ずかしさはあまりなくて、心がスーッと軽くなる。
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