桜の下で

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珈琲と煙草の匂いが、店内を満たしている。 「いらっしゃいませ。あれ、朱音くん?」 ブラウスに赤のネクタイ、黒のスラックスに同じく黒の前掛けをつけた白浪さんが、空になった食器を持ったまま出迎えてくれた。 「やぁ、白浪さん。噂には聞いてたけど、本当にここで働いていたとはね」 「噂……?」 「あ? 七瀬財閥の坊ちゃんに、春川さんか……。これまた妙な組み合わせだな」 白浪さんが小首を傾げていると、厨房から低い声が聞こえた。 「海野さん……」 春川さんは、複雑そうな顔で彼を見ている。そうだ、彼女の方が重症なんだ。僕がしっかりしないと……。 「とりあえず座ろうか」 「はい……」 僕達はカウンター席に腰掛け、白浪さんは厨房に入って食器を洗い始める。よく見ると、ふたりは歯車を象ったお揃いのネクタイピンをしている。 「マスター、ホットココアを。それと、この前は飲めもしないものを注文して残して、すいませんでした」 時間が経っているから気まずさがかなりあるけど、なんとか勇気を振り絞って頭を下げる。 「過ぎたことだ、もういい。春川さんは? 何にする?」 海野さんはあっさり僕を許すと、春川さんに注文を聞いた。 「えっと、ダージリンティーで……」 春川さんは小さく肩を揺らすと、おずおずとメニュー表を見ながら注文をする。 「はいよ。奇子、ちょっとこっちに来い」 おや、呼び捨てということは、やはりふたりは恋仲なんだろうね。ふと、隣にいる春川さんが心配になって、ちらりと見る。硬い笑顔を浮かべ、カウンターの下にある手は、ハンカチを強く握りしめている。 やっぱり、緊張してるんだ……。 「奇子、こちらは春川さんだ。いつもうちで使ってるパンは、みんな春川さんが働いてるパン屋で買っているから、覚えておくといい」 海野さんは春川さんの様子に気づいていないのか、白浪さんに彼女を紹介する。
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